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ハノイ・ジェーンの波乱万丈 -1-
「あー、この人は本当に強い女性だ!」

そのニュースを耳にしたとき
最初に思った事である。

そのニュースとは、
ハリウッドの女優ジェーン・フォンダ(71歳)が
来春、46年ぶりに
ブロードウエーのミュージカルに復帰するとの事だ。

71歳で久しぶりのミュージカル
音楽的素養は別にしても
体力の自信が無ければ出来ぬ事だ。

彼女のデビュー作品は
1960年の「のっぽ物語」。

名匠、ジョシュア・ローガンにしては
失敗作の学園スポーツ物語。

しかし、その作品で
最も光っていたのがジェーン・フォンダだった。
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チアリーダーとして登場してきた彼女は
ピチピチと躍っているようだった。
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当時、彼女の持つ雰囲気は
スポーツの世界では
フィギュアのジャネット・リン
体躁のメリー・ルー・レットンに相通ずるものだ。
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いわゆる豊かなアメリカの中産階級で
伸び伸びと育った女の子達であった。

だから、当時の彼女の雰囲気は
悪くなかった。

むしろ、好きだった。





それが、どういうわけか
彼女は政治に興味を持ち
ベトナム反戦運動の
代表的なウーマンリブの闘士となってしまった。

何しろ、訪問した北ベトナムで
事もあろうに北ベトナム兵士のヘルメットをかぶり
アメリカ飛行機を撃ち落す高射砲に座って
高らかに反戦を謳いあげた。

このことは後々まで尾を引き
サイン会で退役軍人から
唾を吐きかけられる騒ぎまで引き起こした。

この頃、いつしか彼女は
”ハノイ・ジェーン”と呼ばれ
アメリカ愛国の士からは
疎まれる存在となっていった。

そして、フランスの監督、
ロジェ・ヴァデムとの結婚と離婚。

更に都合3回の結婚、離婚を経験した。

この間、私にとっての彼女は
女優として更には女性として
苦手タイプに属すようになっていった。

何故なら、彼女の発する空気のすべてが
余りにも鋭く、刺々しく感じられたからだ。

だから、1975年、
ジンネマン監督の傑作、「ジュリア」でも
彼女よりかヴァネッサ・レッドグレーブに興味を持った。

それが1981年、
「黄昏」に出演した彼女を見て驚いた。

そこに現れたジェーン・フォンダは
人生の辛酸を経験して克服した
素晴らしい中年女性としての
色気を放っていた。

この作品が彼女にとって
まさに人生のターニング・ポイントとなった。

それに密接に関係するのが
父親、ヘンリー・フォンダとの
確執なのだが、

続きは明日に、
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by shige_keura | 2008-12-03 09:40 | | Comments(0)
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