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金沢、足軽と言えども・・・・
金沢は加賀百万石の城下町、
その藩祖は前田利家である。

              (前田利家を祀る尾山神社)
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戦国から江戸時代、
徳川を相手にしたたかに生き抜いた加賀藩、
その禄高は102万5,000石、
日本の大名中最大であり
御三家に準ずる待遇を受けてきた。

              (尾山神社にある前田利家の銅像)
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では、加賀藩の組織を見てみよう。

加賀の直臣は
人持組頭以下人持組
平士そして足軽の四つの組織に分かれている。

人持組頭は通称、加賀八家と呼ばれる
八つの家で組織され
何れもが1万石以上の禄高を誇っていた。

筆頭の本多家に至っては5万石、
並の大名には及びも寄らぬ禄高である。



              (武家屋敷周囲を流れる鞍月用水)
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この加賀藩士の多くが住んでいたのが
今の長町一帯で
”武家屋敷”の名で呼ばれている。

お屋敷の殆どが
今も生活が営まれている。

道行く人の目に留まる外部は
市からの援助が出るとは言え
屋敷の維持は並大抵の事ではないだろう。
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雪から土塀を保護する
藁のこもかぶりが
武家屋敷の格調を更に高めている。
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そして、この一角に保存されているのが
当時の足軽の住んでいた家だ。

他国の足軽の住居といえば
長屋形式が通り相場である。
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ところが、ここは百万石
足軽とは言えども
庭付きの一軒家で暮らしていた。

家の中は、”これが足軽!”と思うほどの広さ、
今で言う、3LDKに納屋(ロッカー)は2階に完備である。
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前田家の足軽に対しては
「おのれ、足軽の分際で猪口才な・・・」
といった言葉は畏れ多くて言えるものではない。
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by shige_keura | 2008-12-13 08:46 | | Comments(0)
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