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金沢、ネーミングの妙!
金沢の中心を走る百万石通り、
香林坊から片町の繁華街を過ぎると
ほどなく犀川大橋に出る。

その橋を渡った左手が寺町、
その名の通り
お寺が密集している。

正真正銘の寺ではあるが
これは寺を隠れ蓑に
前田家が福井の松平(徳川)対策用に
砦としての機能を果たすべく造られたものなのだ。

前田家は藩祖、利家、
2代目利長から
3代目利常の時代にかけて
隆盛を極めて行く。

しかしながら
徳川の前田を見る目は厳しく
少しの油断も許されない。

そこで、利常は徳川から嫁を貰い
母を人質として江戸に差し出し
自らは鼻毛を伸ばし放題にして
阿呆を装っていた。





その裏で、利常は万が一
徳川に攻め込まれた場合の
備えに万全を期していた。

寺町の中にあって
城で言う本丸の役目を担ったのが
妙立寺である。
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当時、幕府は大名に対し
3階以上の建物建造を禁止していた。

この妙立寺、外見は2階建てだが
内部は4階、7層に出来ている。

そして、内部には落とし穴、
多くの引き戸、迷路のような廊下、
秘密の小部屋を初め
様々な仕掛けが施されている。
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しかしながら妙立寺は
明治時代から昭和の半ばまで
歴史の片隅に忘れさらえた如く
たまに参拝者が訪れるだけの
典型的な貧乏寺だった。

当時の住職はぼろ衣を身にまとい
食べるものにも事欠く
貧乏坊主の毎日を送っていたという。

それが、昭和20年代の終わりに
マスコミに”忍者寺”と紹介された。
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寺の持つ様々な仕掛けが
まるで忍者の活躍を思わせるからだ。

これぞ、”ネーミングの妙!”

その日を境に
この寺は人々の注目を浴び
今や観光客が引きも切らぬ名所となった。

どう少なく見積もっても
1日の収入は50万円は下るまい。
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まさに、一発のネーミングで
この寺は地獄から天国へと舞い上がった。

ただ、これには後日談がある。

ザクザク金が入ってきて
有頂天になった住職は
以来、飲めや唄えのはしゃぎよう。

その不摂生の為
或る日、ポックリと逝ってしまったそうだ。
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彼の行き先が天国か?地獄か?
それは知らない。
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by shige_keura | 2008-12-15 09:50 | | Comments(0)
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