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頃は寛永11年
謹賀新年

本年も宜しくお願い申し上げます。

さて、下の画像
人よんで出世階段という。
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何故に出世階段か??

良くぞお聞き下さった。

この階段は
初詣に訪れた
愛宕神社前のものである。

愛宕神社は徳川家康が
江戸の防火の神様として祀ったものなのだが。

その後、時は寛永11年、
3代将軍家光が
増上寺参拝の帰りに
この場所を通りかかった時のことだった。

時は春、家光が見上げる階段には
今まさに梅が満開の盛りと咲き誇っていた。

「誰ぞ、馬で梅を取って参る者は居らぬか?」

急な階段に尻込みする家来のなかで
敢然と馬を駆っていったのが
四国丸亀藩士、曲垣平九郎、
後の寛永三馬術の達人と崇めたてられた者である。



こりゃ、確かに急じゃ!!!

今更出世もないだろうが
登ってみるかのう。
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50段を越えるあたりで
足腰が重くなってくる。

合計86段を上がった所は
海抜26メートル
東京23区での最高所にある
愛宕神社である。
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ここは万延元年
水戸の浪士が終結した場所である。

その後、彼らが向ったのが
歴史上有名な桜田門外の変となる。

更にここは、明治元年3月13日
西郷隆盛と勝海舟が
江戸無血開城について話し合ったところでもある。
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眼下に広がる江戸の町並み
二人の胸には何が去来したのだろうか?

このときの想いが
後の三田、薩摩屋敷での会談に
大きな影響を与えたのではないだろうか。

               (三田薩摩屋敷跡に残された記念碑)
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風は冷たいが快晴、
気持ちの良い元旦である。

               (同じ階段を上から見たところ、
                実は下りは余りの急傾斜に恐れをなして
                横の緩やかな階段から下りていった。
                何しろ、ここは無血開城を決めた所、
                転んで血でも流したら申し訳がたたぬ)
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by shige_keura | 2009-01-01 17:54 | | Comments(0)
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