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思い出のプロ野球選手 ー19ー
プロ野球ファンにとって
馴染みの深い情報誌といえば
”週刊ベースボール”だろう。

今日の選手は
1958年、週刊ベースボールの
記念すべき創刊号の
表紙を飾った人である。

ならば、現役中の成績は
相当なものではるはずだ。

ところが、プロ在籍13年間
通算打率は0:240
本塁打、117本、
打点、465点だから
余り、えばれた数字ではない。

しかしながら、その人の守備のスタイル、
流麗にして優雅なる
美しさの点で言えば
プロ野球屈指の
絵になる名人と言って良いだろう。

その人は広岡達朗。
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1958年週刊ベースボール創刊号に
長嶋と共に二人で表紙を飾っている。
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当時の名解説者、小西得郎さんが
プロ野球、3人の名ショートを
次のように評していた。

「阪神の吉田は木綿糸、
 西鉄の豊田は麻糸、
 それに対する巨人の広岡は、
 なんと申しましても絹でしょう」

”広岡は絹”!
まさに至言であろう。

               (二人の名人のグローブ、左、吉田、右、広岡)
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ピンとたった背筋、
いち早く腰を落とす守備体勢、
そこから流れるように
捕球から送球まで
エレガントこの上もない
立ち居振る舞いだった。




               (流麗なる併殺プレー)
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広岡さんは広島の生まれ
父は海軍少佐で
駆逐艦の機関長をしていた。

広岡さんは父から
海軍流の厳しい教育を施された。

彼の姿勢の良さ
時には歯に衣を着せぬ
辛らつなもの言いは
父から仕込まれたものだろう。

広岡さんは呉三津田高校から
鳴り物入りの名ショートとして
早稲田に入学した。

時の監督森茂雄は
頭を悩ませた。

何故なら、同じく名ショートで
全国に名を馳せた
小森光生が同時に入学してきたからだ。

しかし、監督の悩みは
直ぐに解決した。

それは、練習の初日
二人の動きを見た途端の時だった。

すかさず森は
小森に三塁への転向を命じたのだった。

そのくらい
広岡さんの守備は際立っていたのだろう。

私は同じポジションを守っていた事もあって
後楽園球場に通う最大の楽しみは
広岡さんの守備を見ることだった。

とにかく、守備の構えが早いのだ。

まるで古武士を思わせるように
息をつめて徐々に腰を屈めていく。

野球は間のスポーツ!

これほど、守りの姿で
野球の極地を
具現化してくれる選手は居なかった。
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そして、これほどの美しい
守備体勢を取る人を他に知らない。

ことに、お隣で
動物的な勘を売り物にする長嶋が
我関せずとのんびりしているのだから
広岡さんの用意周到振りが
余計目立ってしまうのだ。

               (手前の長嶋と比べ守備の備えの早さに注目!)
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私は高校時代
1回だけ後楽園で
プレーをした事がある。

このとき、最も衝撃的だったのは
広岡さんの守備位置の深さだった。

「あー、これがプロの守備位置か!!
 ここで捕ったらみんなセーフになっちゃうな
 こりゃ、プロになんかとっても無理だなーー」

広岡さんの肩の強さ
それは長嶋どころではなかったし、
ライバル吉田、豊田も敵ではなかった。

しかし、広岡さんは
努めて間一髪
打者をアウトにしていた節がある。

一方の長嶋は
打者を1塁ベースの遥か手前で
アウトにするのが売りだった。

二人は当時
次のような事を話した。

先ずは長島さんだ。

「それは、もうゴロが来たら
 サッとキャッチ、捕ってビューッと投げる。
 あっという間にアウトなんですね。
 
 お客さんは喜びますでしょー、
 これが、いわゆるひとつの
 プロなんですねーー
 
 エッ、へッ、へ・・・・」

対する広岡さんはこう言う。

「もっと手前でアウトにする?
 それは簡単なんですわ。

 しかし相手を出来るだけ疲れさせる、
 一生懸命走って、間一髪アウト、
 徒労感もでかいでしょう。

 一番大切なのは勝つ事、
 そのためには何をせにゃいかんのか?

 シゲは目立ちたがり屋ですからね。

 お客さんには別のところで
 喜んで貰いますよ」

ショウマンシップに徹する長島さん
冷徹に勝負を追い求める広岡さん。

どちらが良い悪いの問題ではなく
プロ野球をどうとらえるのか
その姿勢の違いである。

この違いが両者の監督としての器量、成績に
反映されたのではないか。
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by shige_keura | 2009-01-23 23:17 | スポーツ | Comments(1)
Commented by たまたま at 2013-10-08 09:26 x
広岡、長嶋はホントに上記のような話をしたんですか?
どうも作り話のようにしか思えないですが?
長嶋は一塁への送球は打者走者の??足に合わせてましたし、広岡の上の発言はあまりにバカくさいですよ。
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