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世紀の大トレード -2-
今日のブログは
2月12日、”世紀の大トレード -1-”の続きである。

1963年、山内の打率は急降下したとは言え
本塁打は33本を数え
ミサイル打線の中心であった事は間違いない。

                (当時のパリーグ人気球団、
                 毎日と西鉄の投打の軸、荒巻、山内、大下、稲尾)
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この年、毎日には更に異変が起こっていた。

それは同じく打線の中心選手の田宮が
限界を感じて引退を表明した。

                (阪神から移籍してきた田宮と阪神に移籍することとなる山内)
c0135543_1794919.jpg

更に6番の葛城は
球団との折り合いが悪く
翌’64年には中日にトレードされてしまう。

そして一人残された榎本は
責任を背負い込み
精神的重圧に屈していくこととなる。

従って、この状況を踏まえたら
とてもではないが
山内を手放すことは考えられぬのだ。

一方の阪神とて悩みは深かった。

何故なら、’63年は
投手の2枚看板が絶不調
小山が14勝14敗ならば
村山は11勝10敗の惨めな成績だった。

不調とは言え
小山は勝ち星の稼ぎ頭、
いくら打線の活性化と言っても
エースの放出は避けるのが普通だ。

更に、両選手共に
球団との目だったイザコザがあったわけではない。

まさに運命のイタズラが引き金を引いた
トレードだったと思う。






トレードが成立した時
私は、これは阪神が手強くなると思った。

何故なら、当時のオールスターで
山内のバットが
何回セリーグのエースを粉砕した事か!

               (オールスターでセリーグを圧倒したパリーグの主砲
                山内、野村に中西)
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その結果、山内には
”賞金泥棒”の異名がついてしまったのだから。

それでは専門家はどう見ていたのか。

当時、大洋を率いていた
三原監督こう言っていた。

「阪神さんも馬鹿な事をしたもんですな。
 大体、20勝投手は3割打者3人の
 値打ちがあるもんですよ」

西鉄時代は稲尾という絶対的エースを持ち
大洋では秋山と心中した三原監督ならではの
投手中心のコメントであると思う。

それでは、このトレード、
両球団、どちらが得をしたのだろう??

それは明日に続く。
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by shige_keura | 2009-02-24 09:44 | スポーツ | Comments(0)
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