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”ノンちゃん”と”永遠の美女”
「ノンちゃん雲に乗る」
同世代の方ならば
一度は親しんだ名作童話である。

昨年の4月に101歳で亡くなられた
故石井桃子さんが
1947年に手掛けた初の童話にして
代表的作品だ。

彼女は今でも親しまれている
A・A・ミルンの「熊のプーさん」の
翻訳を先ず手掛けた。

その後、これまた日本の子供達にお馴染みの
「ピーター・ラビット」を翻訳した。

世界になだたる名作童話の
影響を色濃くを受けて誕生した、
「ノンちゃん雲に乗る」。

それは小学校1年生のときだった。

逗子の家の2階で
熱を出し寝ていた私に
母が読んでくれたのが
「ノンちゃん雲に乗る」だった。

ドラマチックな話でもないのに
面白くて、面白くて
不思議なほどに
心に残ったお話だった。

その後1955年、新東宝にて映画化された
「ノンちゃん雲に乗る」が
今月初旬六本木で公開されている。

上映期間は僅かの4日
しかも毎日1回限りだ。

しかし、見逃した私にとっては
馳せ参じないわけにはいかぬ。

何しろ、ノンちゃんに扮するは
我が青春時代の憧れ、鰐淵晴子!

お母さんが1年4ヶ月ぶりの銀幕復帰、
待ってました!原節子!!!

不器用なれど真正直な父が藤田進。

そして、雲の上の仙人が
あの伝説の語り口、徳川夢声!!

大変な配役である。




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天才ヴァイオリンニストにして
美少女、鰐淵晴子
10歳のデビュー作品だ。

私の中のノンちゃんにしては
綺麗過ぎるしバタ臭く
卓袱台に味噌汁よりも
テーブルにトーストが似合いそうだ。

しかし、母親の原節子とのコンビで考えると
絶妙極まりない”ノンちゃん”と”お母さん”である。
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この映画でもっとも印象的だったのが
”永遠の美女”、原節子の魅力だった。

               (デビュー後まもなく、若かりし日の原節子)
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今まで私が思っていたよりも
彼女はずっとずっと素晴らしい女優だった。

               (1949年、”青い山脈”)
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上品な美しさにピッタリの綺麗なセリフ、
更に演技も自然でとても上手だ。

戦後の日本を支えたともいえる
典型的な良妻賢母をこの映画で見出した。

画面の中のお母さん(原節子)は
常に何かの仕事をしている。

雛祭りの人形の片付け、
夕食の天麩羅を揚げている、
おばあちゃんの還暦祝いの座布団つくり、
薪で風呂焚きに
子供達のセーター編み・・・・・

家は古いが小ぎれいであり
ノンちゃん、お兄ちゃんの来ている服は
こざっぱりしている。

これもお母さんが身を粉にして働いた
賜物なのだ。

現代のホームドラマに出てくる奥様族が
テレビを見ながら
饅頭を頬張ったり
煎餅を齧ったりするのとは
えらい違いである。

だからといって、
原節子のお母さん
余裕が無いわけではない。

常に優しい笑顔を見せて
幸せな家庭を守る母として輝いている。

全編、原節子に見とれてしまったが
映画自体も素晴らしい。

素晴らしいとの意味は
映画の質の話ではない。

子供にも大人にも
何かが心に残る作品として
価値があると言う事だ。
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by shige_keura | 2009-03-05 08:47 | | Comments(0)
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