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池の畔にたたずむ馬
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昨日の荒天が嘘のような五月晴れ!
低気圧の置き土産、強風でさえ
清清しく感じられる4月26日の事だった。
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府中にある東京競馬場
そのパドック裏に
日本庭園があることは
余り知られていないようである。
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朝の陽だまりのなか
桜の花びらが浮かぶ池で泳ぐ鯉、
春の深まりを告げるツツジの開花、
徳川家光時代に築かれた石垣等々・・・・
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乱れ飛ぶ馬券とは無縁の世界の中で
唯一、競馬との関係を思わせるものがある。
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それが池の程近くに佇む
一頭の馬の銅像である。

その馬の名前を”トキノミノル“と言う。




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専門家、競馬ファンの間では
トキノミノルは”幻の馬”であり
”最強の馬”でもあり
”悲劇の名馬”でもある。

戦績は10戦10勝、
内、レコード勝が7回、
その中には皐月賞、ダービーが
含まれている。

何しろ、皐月賞では
従来のレコードを
6秒1も短縮したのだから
これは桁違いという他はない。

戦後の競馬史を紐解くと
10回以上出走して
不敗のまま引退したのは
トキノミノルただ一頭だ。

オーナーは時の大映社主の永田雅一氏、
ワンマンで聞こえ、通称”永田ラッパ”と呼ばれていた。

デビュー戦を”パーフェクト”の名前で圧勝したトキノミノル。

永田氏は「愈々、俺が競馬にかけた夢が実る時が来た」の思いで
トキノミノルに改名した。

以降、連戦連勝、
三冠、五冠は確実と言われた中
”最強の馬”が
”悲劇の名馬”になるときがきた。

それは、ダービーを制したあと
わずか17日後に破傷風がもとで死んでしまったからなのだ。

専門家の間では
ダービーの頃より
トキノミノルは体調を崩していたという。

中には、ダービーは
三本足で走ったと言う人もいるくらいだ。

だからこそ、ダービーの時だけは
スタート直後、ダッシュがつかず
今まで一度として譲った事のない
先頭を他馬に譲った。

結果は追い上げて勝利したが
つけた着差、1馬半は
彼にとっては、最も際どいものだった。

               (ダービー、1着でゴールするトキノミノル)
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今の、競馬界の常識では
1馬身半差は完勝なのであるが。

ダービー勝利後の
当時を物語る画像を見てみよう。
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若き日の永田の嬉しそうな顔と同時に
後ろには多くのファンが映っている。

これはレース後
ファンが彼の勝利を祝福せんものと
雪崩をうって場内に入ったためのものである。

このときは誰もが
17日後に起こる悲劇を
夢にも思ってもいなかったことだろう。
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万人に愛され、
最強の馬と崇めたてられた”トキノミノル”、
彼は今でも府中の片隅で
ひっそりと後輩の走りを見守っている。
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by shige_keura | 2009-04-28 09:28 | スポーツ | Comments(0)
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