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同じ武家でも
4月27日、秋田の角館まで出かけた。

何と日帰りの旅、
世の中便利といえば便利
忙しないといえば
忙しなくなったものだ。

角館、言わずと知れた”桜見物”。
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ただ、当日は残念ながら
傘を閉じたり開いたりの天気
おまけに肌寒く
厚着に手袋での見物となった。
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染井吉野は咲き誇っていたが
枝垂れ桜は間一髪
滑り込みセーフの感があった。
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従って、桜はそれなりに綺麗だったが
最も興味深かったのは
武家屋敷の佇まいだった。
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一時期暮らしていた金沢、
加賀百万石の武家屋敷に比べ
角館のそれは
まさに藤沢周平描く所の
寒さと寂しさが溢れていた。
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ここで、角館の歴史を簡単に紹介しよう。

                (角館の駅前、なーんにも無い)
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常陸54万石当主、佐竹義宣は
関が原の合戦で中立を決め込んだ為
東北の出羽の国に国替えをさせられてしまう。

時に、1604年の事で
禄高は広い出羽の国にしては
20万石という少なさだった。

その後、領地の一部、
角館を弟の芦名義勝に与えたのだが
その禄高は1万5千石に過ぎなかった。

義勝の家臣は約100名、
家老でさえ石高はたったの200石だった。

一方は加賀の国
お馴染みの前田の殿様、100万石である。

前田家筆頭家老の本多家、
その石高は5万石!

だから、角館の殿様の石高は
加賀のご家老の足元にも
及ばぬ惨めなものだったのである。

武家屋敷の比較が面白い。

角館の屋敷は
それなりに広いが
屋根は茅葺
百姓家の風情だ。
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加賀の武家屋敷の屋根は
光り輝く瓦屋根
貫禄十分だ。
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屋敷の塀が興味深い。

角館は黒板塀、
武家屋敷の塀というよりか
料理屋、待合風情である。
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小粋といえば聞こえは良いが
武家の重厚さは無く軽い。
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それに対し、加賀の塀は
立派な長土塀。
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冬の間は藁で囲って
雪の被害を防いでいる。
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その姿は
由緒ある武家の威厳を
表しているかのようだ。

ただひとつ
角館武家屋敷の大きな特徴は
道路が広く立派であることだ。
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その道幅は10.9メートル、
こればかりは
加賀の100万石も太刀打ちできない。

どうして、このような
広く立派な道路を作ったのか?

はっきりとした理由がわからない。

石高が多けりゃ良いと言うものではないが
私はやはり金沢の方に
大きな魅力を感じる。

だって、食の豊かさが
”月とスッポン”だ。
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by shige_keura | 2009-05-02 07:41 | | Comments(0)
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