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目黒界隈歴史探訪  -1- (火元はここ!)
11月某日、家を出るときから
心に決めていた、

それは今日は一切交通機関に頼らぬ事、
即ち、全ての行程を
自分の足でまわる事だった。

出向いた先が目黒界隈、
そこはよく見て歩けば
多くの石仏が点在している所なのだ。

今回はそれに加えて、
「犬も歩けば棒にあたる」で
主に江戸時代の歴史を知る散策となった。

「火事と喧嘩は江戸の華」

その言葉に偽りの無い如く
江戸時代には誠に火事が多かった。

関が原の翌年、1601年から
大政奉還の1867年まで
267年間に49回もの大火に見舞われた。

この間、大阪が9回、京都が6回の大火だから
江戸の大火が如何に多かったことか。

小さな火事を含めば、
267年間に1798回を数えている。

又、火事の多くは
暖房の火の不始末、
火を煽る木枯らし等により
冬に集中している。

過去の記録を紐解くと
江戸の三大大火として
次の火事が挙げられている。

   年     呼び名            死者不明数推計  発生月
1.1657年 明暦の大火(振袖火事)    107,000     1月

2.1772年 明和の大火(行人坂の火事)  20,000     2月

3.1806年 文化の大火(車町の火事)     1,500     3月



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ここは目黒、行人坂にある大円寺、
山の手七福神の大黒天を
祀ってある寺だ。
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実はこの寺の本堂が
”明和の大火”の火元なのである。
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出火の原因は明らかにされていない、
まさか、本堂でサンマを焼いていたわけではないだろう。

出火月日は
4年に一度の2月29日、
瞬く間に広がった火は
3日3晩燃え続け
江戸の1/3を焼き尽くしたという。

この火事の犠牲者を弔う為に
設けられたのが五百羅漢像である。
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五百羅漢とは
インドの仏典では
常に仏に従った弟子の数として
500の数が挙げられている。
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それに因み
中国、日本ではやがて
五百羅漢の信仰が生れてきたのだ。
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又、羅漢とは阿羅漢(あらはん)の事で
仏教において
尊敬や施しを受けるに相応しい賢者を意味し
サンスクリット語のARHANに由来している。
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従って、通常五百羅漢像は
男性で占められるのが普通だが
ここの像の中には女性、
中には赤子を抱いた女性の像まで見受けられる。
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そのことが、当時の悲惨な状況を
生々しく伝えてくれているようだ。

さて、この寺には
もうひとつ江戸の大火に
まつわるエピソードがあるのだが
それは明日に続けよう。
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by shige_keura | 2009-11-17 09:51 | | Comments(0)
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