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目黒界隈歴史探訪  -2- (火事つながり)
江戸の火事から連想する人、
それは”八百屋お七”である。

ここ、大円寺には
お七地蔵尊が祀られている。
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本郷の人であった八百屋お七の地蔵尊が
何故に目黒のこの寺にあるのか?

八百屋お七は1668年
江戸、本郷の八百屋太郎兵衛の娘として生れた。

彼女の生涯に大きく影響した事件が
天和2年(1682年)に起きた
”天和の大火”である。

家を焼き出された彼女が身を寄せたのが
近くの檀那寺(円乗寺とも)だった。

そして、その寺の
小姓、吉三と恋仲になってしまう。

家に戻ったお七なのだが
どうしても吉三の事が忘れられず
もう一度火事が起これば会うことが出来ると
放火の罪を犯してしまう。

その結果、天和3年(1683年)3月29日に
お七は鈴が森にて
火炙りの刑に処せられてしまう。

その顛末を
井原西鶴が「好色五人女」にしたため
以降、歌舞伎や浄瑠璃でも
演じられるようになっていった。





さて、相手の寺小姓の吉三である。

彼はお七の死後出家し
名前を西運と改め
諸国を行脚し
最終的には、大円寺隣りの
明王院(今は目黒雅叙園)に身を寄せた。

その後、27年と5ヶ月もの間
西運は毎日、浅草浅草寺に通い
お七の霊を弔った。

そして或る日、西運の夢枕に
お七が立って成仏したと告げた。

そこで西運は
お七地蔵尊を明王院に建立したのだった。

               (お七地蔵尊の横には西運の碑が)
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後に明王院が廃寺となったときに
この地蔵尊は隣りの大円寺に移されたのだ。

尚、西運は多くの江戸庶民からの浄財で
目黒川に石の太鼓橋を架けるなど
社会事業に多大な貢献をしたという。
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               (現在の太鼓橋、橋のたもと)
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               (広重が描いた当時の太鼓橋、江戸百景のひとつ)
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最後に、今までとんでもない誤解をしていた事について
恥を忍んで紹介しておきたい。

それは、八百屋お七事件のきっかけとなった火事を
”振袖火事”と勝手に思い込んでいたことだった。

これは全くの間違いで
”振袖火事”とは
江戸で起こった最も大きな火事で
”明暦の大火”(1657年)の事である。

お施餓鬼で燃やした振袖が風に舞い上がり
それがもとで火が大きく広がったという事から
”振袖火事”と命名されるようになったのだ。

この火事は江戸城の本丸までをも燃えつくし
死者は10万人以上数えたそうだ。

江戸時代、”放火は火炙り”!
重罪と規定されていたのも
この被害から納得できるわけである。

毎朝のテレビ、
又かと思うほど
火事のニュースが後を絶たない。

昨日は浜松の麻雀屋でも
大きな火災が発生し
犠牲者が出た。

放火とも言われているが
おちおち麻雀も出来ない世の中だ。

これからは木枯らしの季節
火の元には十分気をつけよう。
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by shige_keura | 2009-11-18 09:19 | | Comments(0)
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