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初冬の鎌倉二人旅 (大仏の弟は天狗)
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ここは寿福寺、
鎌倉五山中、第三位
由緒ある寺である。
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格式のある寺にもかかわらず
商売っ気がないのか
うるさくされたくないのか
拝観料を取る取らない以前に
門が閉ざされている所が多い。
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この素っ気のない態度
これはこれで悪くはない。
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頼朝の妻、北条政子、
三大将軍実朝と同じ墓地で眠る
一人の文豪、
その人の名前は大仏次郎である。
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彼は横浜の生まれなのだが
若くして鎌倉に移り住み
古都の景観と自然を守る運動の
旗振り役として尽力した。

そのとき、彼をバックアップしたのが
小林秀雄、今日出海、川端康成、
伊東深水、横山隆一等々
そうそうたる文化人の人たちだった。

心ある文化人のご苦労で
現在の鎌倉があると言って良いだろう。






「隼の源次」、これが
彼のデビュー作であり
このとき使ったペンネーム
即ち大仏次郎を終生用いることとなった。

ペンネームの由来はこうだ。

当時、彼は長谷の大仏裏に
居を構えていた。

彼にとって、毎日顔を合わせる大仏は
親しい兄貴分、太郎の存在、
ならば自分は大仏の弟、
大仏次郎となったわけだ。

我々世代にとって
大仏次郎といえば
なんといっても”鞍馬天狗”だ。

一高、東大を出た男が
娯楽時代小説など書くなと
兄に叱責されながら
出版社からの強い要請で
天狗は活躍し続けた。

大仏次郎の生んだ
最大のヒーローが鞍馬天狗ならば
それをスクリーンで演じて
満天下の子供達を熱狂させたのが
”アラカン”こと
嵐寛寿郎である。
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映画の出来の問題ではなく
”アラカン”の太刀捌き、
殺陣の颯爽としていた事!

”天狗のオジサン”は
私にとって
終生のヒーローである。

ここで池波正太郎師の傑作エッセイ、
「食卓の情景」の一部を抜粋してみよう。

場所は大仏次郎ご贔屓、
横浜のニューグランドの酒場。

               (若かりし頃の大仏次郎氏)
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”大仏氏は颯爽たる
 白面長身の青年紳士・・・
 酒場ではいつも”ビスキ”の
 ブランデーを飲まれていたようだ。

 ある時旧友の井上留吉と共に
 酒場で大仏氏をお見かけした。

 「あれが、大仏次郎だぜ」
 私が井上にささやくと、

 「へえ、あれが鞍馬天狗か・・・・
  アラカンに似ているじゃねえか」と
 言ったものである”

若い頃の大仏氏を知らない私は
氏はアラカンよりもむしろ
新国劇の重鎮、
島田正吾を思わせた。

                (文壇の重鎮となった頃の大仏次郎氏)
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島田正吾の当たり役、
これまた鞍馬天狗である。

「杉作、日本の夜明けは近い!」

(アラカンの天狗に美空ひばりの杉作)
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昨今の状況を見ると
天狗のオジサンの言葉に反し
夜明けは何時になったら来るのやら?
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by shige_keura | 2009-12-10 09:07 | | Comments(0)
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