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大森・羽田海道 (羽田道を行く -1-)
大森駅、山王口の背後に
小高い丘がそびえている。

ここは江戸時代、
”八景園”という名の有名な料亭があり
のちに遊園地となって
人々の憩いの場となっていた。

”八景”の名の通り
この地は、当時松の緑に囲まれて
眼下には紺碧の海が一望され
風光明媚な所だった。

           (歌川広重が描いた八景園周辺)
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今、同じ地点に立って眺めてみても
どこを見ても海の姿は認められない。

           (八景園の名前は残っているが・・・・)
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           (丘の上の神社から、海はどこにも見えない)
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その昔、江戸前の海で獲れた
海の幸を生業としてきた
当時の大森、羽田の痕跡は
どこに残されているのだろう?





さて、”食”に関するエッセイ数々あれど
故池波正太郎氏の
「食卓の情景」に勝るものなしと
固く信じている。
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今でも、時々本を開き
「いやー、旨そうだなー!」、
「こんな店が今でもあったらなー」と
池波さんの描く世界に浸っている。

エッセイの一節で
前々から知りたかった点、
それは大森、羽田の海の幸が
どのように下町に運ばれていたかであった。

”食卓の情景”によれば
子供の頃浅草に住んでいた
”正ちゃん”(池波正太郎)の毎日のおやつが
大森海岸で取れた新鮮な蝦蛄や蟹だった。

毎日、午後になると
行商人の売り声が
町を流れていたと言う。

交通手段も発達していなかった時代、
浅草に住む”正ちゃん”が口にする蝦蛄が、
どのような経路を辿って、
その日の内に大森、羽田から来たのだろう?
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第一京浜の平和島近辺に
旧東海道(みはら通り)が
当時の面影を
わずかながらにとどめている。
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その旧道の中ほどに
一本の細い脇道がある。

羽田の渡しから大鳥居まで続く細道、
名付けて”羽田道”。
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この道が昭和の初期まで
江戸前の海の幸を
下町に運んだ行商路だったのだ。

大正末期から昭和にかけて
大森、羽田の目の前には
文字通りの”江戸前”の海が
広がっていた。

               (かつての大森、森ケ崎海岸)
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多摩川、隅田川、荒川等
幾つかの河川が流れ込む江戸前の海は
淡水と海水が入り混じった
実に豊穣な海だったのだ。

               (昔を伝える”大森ふるさとの浜辺公園)
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c0135543_13581246.jpg

では、明日は
羽田道の基点とされる
大鳥居から昔の行商路を
辿って見たいと思う。
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by shige_keura | 2010-01-25 17:01 | | Comments(0)
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