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大森・羽田海道 (貝塚の怪 -1-)
1月11,13日、2日にわたり
大森、羽田方面を散策した。

目的は昭和の初期まで
豊な江戸前の海に育まれた
かつての海岸線の痕跡を辿ることにあった。

出発の基点は大森とした。

何故なら、この機会に
是非とも訪れたい場所があったからだ。

大森の名前が頭に刻み込まれたのは
小学校低学年のことだと思う。

但し、貝塚とのセットになった大森であった。

当時の私にとって、
大森と言えば貝塚であり
貝塚と言えば大森だった。

即ち、昔、昔の大昔
この地は海に接しており
既に海の幸を糧に
人々が暮らしていたのである。

               (縄文時代の大森貝塚近辺、
                大森貝塚遺跡記念公園より)
c0135543_16261269.jpg

それは中学の頃だろうか
京浜東北線の車中から
大森駅近くに貝塚の碑を認めたのは。

「あっ!ここなのか!!」
と、思いつつ
訪れぬままに50余年の歳月が流れてしまった。




今回、初めて貝塚を訪れ
先ず驚いたのが
貝塚の碑が二つあることだった。

それも歩いて5分と
離れていない場所にあるのだから
面食らってしまうのは当然だ。

私が遠い昔に見た碑は
どちらだったのか定かではない。

或いは、二つの碑を
別な機会に見ていても
ひとつであると思い込んでいたのだろう。

実際見てみると
ひとつは”縦長”
他方は”横長”とまるで違っているのだが。

ひとつは大森駅そば、
大田区内の線路脇に
ひっそりと佇んでいた。
c0135543_16302711.jpg

               (大森駅そばの貝塚の碑)
c0135543_16314113.jpg

もう一方の碑は
大森貝塚遺跡公園内、
これまた線路脇に建てられていた。

               (上の碑から5分ほどの線路脇にある貝塚の碑)
c0135543_16335950.jpg

先ほどの場所から
ものの5分と離れていないのに
何故だろうか?

秘密を解く鍵のひとつが
後者の所在地が
大田区ではなく品川区であることだ。

いずれにせよ、
二つの碑の裏話、

更には発見者の先陣争い、
貝塚を巡る奇奇怪怪、
貝が怪を生む話は
なかなかに興味深いものだった。

続きは明日
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by shige_keura | 2010-01-21 14:42 | | Comments(0)
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