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2人の思い出
プロ野球関係者が
相次いで亡くなった。

一人は巨人の捕手、2軍監督と言うよりは
多摩川寮の熱血鬼寮長で有名だった
武宮敏明氏、享年88歳。

そして、昨17日、
江川事件の被害者、
不当なトレードを不屈の闘志ではねのけて
阪神で活躍した小林繁氏、
享年57歳は余りにも早すぎる死である。

さて、武宮さんには
妙な思い出がある。

それは私が初めて
プロ野球を観戦した
後楽園球場での出来事、
今から60年程昔の話しだ。

その日は変則ダブルヘッダーが組まれていて
お目当ての巨人の登場は第2試合だった。

開始前、試合のすべてを見逃してはならじと
トイレに行ったときの出来事だった。

用をたし始めた時、
聞き覚えのあるスパイクの
音が近づいてきた。

「カチャ、カチャ・・・・・」

その足音は私の隣で止まった。

期待に胸膨らんだ。

「誰だろう??
 川上かな?青田かな?或いは千葉?別所?」

そっと隣りを窺うと
それが武宮選手だったのだ。

そのときは正直
「なーんだ、控えの武宮か・・」とガッカリした。

しかし、これが川上さんだったら
ヒョットすると私はトイレの中で
嬉しさの余り、卒倒していたかもしれない。
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ただ、それ以降
武宮さんに格別の親しみを覚えたのも事実だ。

だって、”連れション”の仲だもの。

たとえ、武宮さんがベンチを暖めるばかりで
試合には殆ど出る機会が無かったとは言え。




小林さんは”細腕繁盛記”と言われたほど
痩身ながら気迫溢れる投球で
巨人、阪神でエースの座に君臨した。
c0135543_10202192.jpg

しかしながら、今でも最も印象的な場面として
覚えている小林さんは
投手ではなくて打者であった。

時に、1976年、
巨人と阪急で争われた
日本シリーズの時だ。

昨年の最下位からリーグ優勝した
長嶋巨人は強敵阪急に立ち向かった。

しかし、投打のバランスが取れた阪急の前に
巨人は3連敗を喫し
たちまちあとが無くなった。

すでに、日本一は貰ったとはしゃぐ阪急ナイン、
静まり返る巨人ベンチの中で
キットした目を剥いて小林さんは呟いた。

「このやろー、
 阪急、なめんな!!
 みてろよー!!!」

翌日、小林さんは勝利投手となり
息を吹き返した巨人は
次の試合も勝利した。

土俵際で巨人は連勝し
2勝3敗と踏みとどまった。

ところが、迎えた第6戦、
序盤、巨人の堀内、加藤が滅多打ちにあい
5回を終わって0-7の絶望的な状況となった。

この状況を耐えたのが
6回から10回まで
無安打の好救援を見せた小林さん、
その間、巨人はジリジリと追い上げて
7-7で延長戦に突入した。

10回裏、巨人は2死ながら
走者1,2塁、サヨナラのチャンスを迎えた。

ここで、打席に入ったのが小林さんだった。

バットをこれ以上はないほど短く持った小林さん
全身から気迫がほとばしっているのが
テレビからはっきりと伝わってきた。

典型的な高校野球打法のピッチャー返し、
打球はセンターに抜け、
次打者、吉田のサヨナラにつなげた。

このときは、勿論のこと
小林さんは自分の身に
2年先、衝撃的な出来事が起こることなど
知る由もなかった。

プロ野球史上の一大汚点、
”空白の1日”の被害者、小林さん、
この事件が彼の命を縮めた原因だとすれば
その突然の死は余りにも哀しい。
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by shige_keura | 2010-01-18 14:05 | スポーツ | Comments(0)
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