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金メダルの価値
これ以上ないと思われるほど
ものの見事な転倒だった。

「高橋、転倒です!」

アナウンサーの沈痛な声が
マイクを通じて聞こえてきた。

フィギュアスケート男子、
日本期待の高橋が滑り出してから
ものの1分も経たないときのことだった。

しかし、それからの高橋選手が凄かった。

失敗に挫けずに
ひたすら自己ベストの
パフォーマンスを追い求めていった。

彼独特の流れるようなフットワークは
やがて場内の観客すべてを引き付け
ついに日本悲願のメダルを手繰り寄せた。

会場の盛り上がりは
金のライザチェック、銀のプルシェンコに
優るとも劣らないものだったと思う。

さて、高橋健闘の裏で
採点に対する不満が
プルシェンコと母国ロシアより噴出した。

元来、フィギュアスケートには
採点に対する疑問、不満がついてまわっている。






ただ、今回の不満は
いままでとは少し違うようだ。

従来の問題点は
主に採点の複雑さに発生する
ジャッジの主観の違いに
向けられていたのではなかったか?

ところが、今回の不満は
ジャンプの回転そのものに対する
採点評価の姿勢にある。

アイススケート、
その技術も様々あるが
現在技術的最高峰と目されているのが
4回転ジャンプである。

ならば、4回転を跳べるか跳べないかが
その人が超一流か?
或いは一流か?の分かれ目となる。

「より早く、より強く、
 より難度のたかいものを目指す」

これがオリンピック競技の
根本姿勢にあるのではないだろうか。

ところが、今回優勝し
世界選手権でも覇者となったライザチェックは
4回転を回避して王座についた。

ここが、帝王と言われ
4回転を軽々とこなす
プルシェンコの不満の源泉だ。

プルシェンコの傲慢、不遜と思える態度も
あまり好感が持てない。

しかし、彼の不満はよく理解できる。

「4回転に挑戦してこそ
 フィギュアスケートの進歩がある」

プルシェンコの
この意見には大賛成だ。

現在のルール上の解釈からすれば
今回の結果は受け止めねばならぬのかもしれない。

しかし、テレビで見ていた人の多くが
プルシェンコの演技の方が
より金メダルに相応しいと感じたことだろう。

私自身も
ライザチェックの演技には
さほど感動は受けていない。

これならば高橋選手の
挑戦者らしい覇気に満ちた
スケーティングの方が素晴らしいと感じた。

難度の高い技には
それなりの評価が必要だ。

そうしないと、
フィギュア アイススケートは
一般からは益々分りづらい
魅力の薄れるスポーツになってしまう。
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by shige_keura | 2010-02-21 09:35 | スポーツ | Comments(0)
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