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砂の好き嫌い
2月21日、東京競馬場で行われた
今年初のG1レース、フェビュラリーステークス、
エスポワールシティが人気に応え圧勝した。

競馬には芝のレースと
砂のレース(ダート)があるが
今回は数少ないダートのG1だった。

基本的に競馬馬は
芝得意の馬、ダート上手の馬に分かれ
それぞれにレースが選択されている。

しかしながら、今回ダートG1レースは
誠に面白い現象が起こった。

それは、芝専門に走っていた実力馬が
4頭もこのレースに参戦してきたのだ。

それも揃いも揃って歴戦の雄、
ダービー2着のリーチザクラウン、
芝G1、2勝のローゲルゲレイロ等である。

結果はどうであったか。

4頭揃って見事な討ち死に、
15頭立ての7着が最高で
10、12、どん尻の体たらくだった。

これほど、芝とダートの適性は違うのだ。

ただ1頭の例外を除いては。





その馬の名前はタケシバオー、
私が競馬入門した頃
大活躍をしていた馬だ。
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恐らく、競馬馬に”怪物”の名がついたのは
タケシバオーが最初だったと思う。

彼の怪物ぶりの一端を示してみよう。
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3年間で27戦と多くを戦ったタケシバオーだが
その成績は
1着16回、2着10回、3着1回の物凄さ!

その間、6連勝と8連勝を挟んでいる。

中には斤量、65キロと
限界を超えた重量を背負い
勝利したレースもあった。

斤量60キロを超えると
調教師が無理と判断し
レース参加を回避しているのが現状だ。

生涯樹立したレコードが
芝で4回のみならず
ダートでも3回記録している。

中でも府中1700ダート(1969年)、
60キロを背負って記録したレコードは
35年間破られることなく
レース自体が5年ほど前に
消えてなくなってしまった。

距離も一切関係なし。

短い1200-1600から
長距離の3200まで全く異にかえさなかった。

更には脚質も逃げてよし
追い込んでよしの自由自在。

京都春の天皇賞
長距離3200を楽々と
逃げ切ったタケシバオー、
次のレースが短距離
1200の今で言うスプリンターズ・ステークスだった。

これが思えば
タケシバオーのラストランになったわけだが。

62キロの最重量を背負わされたタケシバオー
何と、スタートで出遅れた。

短距離では致命的なミス、
誰もが今度ばかりは
怪物の敗戦を思い浮かべた。

ところが直線を回り
遥か後方のどん尻から
アッサリと差しきって
満場の度肝を抜いたのだ。

今や、競馬馬も大事に使われ
人間と同じように”ヤワ”になってきている。
c0135543_994748.jpg

怪物タケシバオーの再来を願うのは
夢のまた夢の話だろう。
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by shige_keura | 2010-02-27 17:10 | スポーツ | Comments(0)
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