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2泊3日の急ぎ旅 ”形見のバラ”
春から夏にかけ多くの花が
見る者の目を楽しませてくれる。

中でも花の女王、バラの美しさは格別だ。
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バラは世界各国で栽培されているが
中ではイギリスが最もこの花に相応しい。
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それはイギリスの王家の紋章が
紅白のバラの組み合わせで描かれていることにもあるのだろう。
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15世紀の中ほどに起こったのが通称、”バラ戦争”、
赤バラを紋章とするランカスター家と
白バラをいだくヨーク家の王位継承を巡る戦いだった。
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30年の戦乱を経て
ランカスター家のヘンリー7世が勝利を納め
ヨーク家のエリザベスを后に迎え大団円を見た。
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以来、イギリス王室の紋章は
紅白のバラを組み合わせるものとなったのだ。
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ここ函館は異国情緒に溢れ
昔風の洋館、教会が往時を偲ばせてくれる。
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中でも、旧イギリス領事館の庭には
今も盛りと幾種類ものバラが
その美しさを競い合っていた。




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イギリス領事館の程近く
旧函館公会堂前の元町公園、
色鮮やかなオレンジ色のバラが目を引いた。
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その名前は”Souvenir d'Anne Frank”
訳して「アンネの形見」である。
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アンネ・フランク。

ユダヤ人であるが故にナチの迫害を受け
アムステルダムの小さな隠れ家で
ひっそりと息をこらしていた彼女だったが
結局はナチの手で強制収容所に送られ
15歳9月にしてこの世を去った。

その1ヵ月後に大戦が終結するのだから
これほど悲劇的なことは無い。
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「アンネの形見」を世に出したのが
ベルギーの園芸家、ヒッツポルデ・デルフォルテ氏である。

アンネ同様捕虜収容所での生活体験を持っていた彼が
1955年に開発し、アンネの父、オットー・フランクに
”Souvenir d'Anne Frannk”としてプレゼントした。

日本に渡った経緯は諸説あるが
もっとも劇的な話を紹介しよう。

1971年、日本の聖歌隊が
イスラエルとの文化交流で訪れた時
そこで偶然にもアンネの父
オットー・フランクと顔見知りとなった。

以来、合唱団とオットーとの交流が始まり
1年後に彼からバラの苗木が届いたのがきっかけである。

その後、この函館の地に
どのようにして入ってきたかはつまびらかではない。
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しかし、欧州を思わせる函館
異国情緒に包まれて咲き誇るバラの花、
その名も「アンネの形見」、
花そのものはアンネに比べあでやか過ぎるが
咲く場所としては悪くない。
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by shige_keura | 2010-07-16 08:41 | | Comments(0)
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