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2泊3日の急ぎ旅 (三沢から十和田美術館)
7月1日12時前に函館を発ち
八戸の手前三沢で下車する。
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三沢は基地の町、
しかし私にとっての三沢は
三沢高校であり太田幸司である。

昭和44年、夏の甲子園大会の決勝戦は
松山商業と三沢高校の間で行なわれた。

下馬評は前年準優勝の松山が圧倒的有利、

彗星のごとく現れた太田投手を持ってしても
三沢の不利は免れないというのが大方の予想だった。
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ところが白熱の投手戦はいつ果てるとも知らず
0-0のまま18回引き分け再試合となった。

三沢にとって惜しかったのが
15回裏、無死満塁の逸機だった。

打者のカウントは0-3、
松山の井上投手とすれば絶体絶命だった。

野球は何が起こるかわからない。

1-3後の低めの球、
ボールか?????

審判の右手が上がってストライク!

ここで松山は息を吹き返す。

翌日の再試合は太田投手が力尽き
4-2で松山商業が優勝した。

準々決勝から54イニングを
一人で投げぬいた太田、
決勝戦の球数は400球になろうとしていた。
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基地に勤める日本人の父と
白系ロシア人の母との間に生まれた太田幸司、
白面の美男子、甲子園の元祖アイドルであり
彼を超える者はいまだ出ていないのではないか。
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十和田電鉄の駅員と昔話に興じる。
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駅員さんは嬉しそうに話してくれた。
「三沢高校野球部、頑張ってるよーーーーー、
 いつも帰りは最終電車だよ」
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人口6万6千人の十和田市、
整然とした官庁街の一角に
斬新な建物の十和田現代美術館があった。
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建物の大きさこそ違え
雰囲気は金沢の21世紀美術館を思わせるものだった。
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それもそのはずで
設計者は同じ西澤立衛氏である。
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外に陳列されているオブジェも魅力的、
しかしながら十和田湖へのバスが限られいるため
残念ながら中に入ることは出来なかった。
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この美術館、2008年4月の開館以来
約1年間で累計30万人ものファンが訪れたと言う。
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小さな町なのに頑張っているなーー!!!
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こういう美術館こそ心の底から応援したくなる。

今度は日帰りで
この美術館だけに来てもいいなーーー。
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by shige_keura | 2010-07-19 10:22 | | Comments(0)
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