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記憶の彼方 -2-
そうか、これがあの時の彼か!
あの変なオジサン、
名前をジャッキー・プライスと言うのか!

毎回楽しみにしている
豊田泰光氏のコラム、”チェンジアップ”、
15日は、「魅惑のボール回し」と題して
或るアメリカの人物が紹介されていた。

彼の名前がジャッキー・プライス
肩書きが「野球喜劇役者」、
と、いっても映画に出るわけなく
球場でおかしなトリックパーフォーマンスを演ずるのだ。

豊田さんはコラムの中で
1951年大リーグ選抜と共にやってきた
ジャッキー・プライスのパーフォーマンスを書いている。

実にその舞台、神宮球場に
私も居合わせていたのである。

今から60年も前の出来事だ。





その時の大リーグ選抜を率いたのがオドゥール監督で
ジョー・デマジオ、ラルフ・カイナー等の強打者
ロパットを初めとする投手陣は
日本のプロ野球を粉砕した。

そのときの神宮は秋晴れの野球日和
今か今かのプレーボール直前
おかしな場面が次々と現れた。

一人の男が3つのボールを握り
並ばせた3人の捕手のストライクゾーンに
ボールを投げ込んだ。

球速は全く覚えていないし
アット言うまの出来事で
それほどの印象はなかった。

でも、考えてみれば
相当に難しい技である。

次に鉄棒のような所に
逆さ吊りになった彼が
投げ込まれたボールを打ち返した。
c0135543_22184555.jpg

ところが、これもどんな結果であったか
あまり良く覚えていない。

しかしながら最後のアトラクションは良く覚えている。

大砲のような筒の中から
天高くボールが打ち出される。

その刹那ジャッキーは
用意されたジープに乗り
落下点めがけて直行し
見事そのボールをキャッチするのだ。

なんだか可笑しかった。

とにかく素っ頓狂な光景が繰り広げられていた。

神宮の外野を疾走するジープ、
ジェリー・ルイスの喜劇もかくや、
見ている方のインパクトも十分で
ヤンヤヤンヤの歓声が起こったを記憶している。

不思議な事にはあとの試合がどんなものだったか
全く覚えていない。

すなわち、それだけ彼の印象が強かったのだろう。

従って、今の時代でも
変なタレントの始球式よりも
ジャッキーのようなパフォーマンスの方が
見ている人にとっては何倍も面白い事だろう。

当時、ジャッキーは1回につき500ドル貰っていたという。

当時の500ドルだから結構なものだ
誰か後を継ぐ人が出てこないものだろうか。

しかし、今から思えば
手に握った三つのボール
どうやったら三人の捕手に
ストライクが放れるのだろうか?
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by shige_keura | 2010-07-26 22:16 | スポーツ | Comments(0)
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