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4人が見落とさなければ・・・・・
大相撲のテレビ中継が再開した。

何も休むことはなかったろうと思うのだが
ともかく世の中が平常に戻ったような気がする。

その中で昨日、白鵬が53連勝を達成し
ウルフと呼ばれた千代の富士の記録と肩を並べた。

戦後の大相撲の連勝記録で
50連勝以上を記録したのは3人、
双葉山、千代の富士それに白鵬である。

双葉山の現役時代のことは全く知らぬので
3人を比較することは出来ない。

               (千代の富士、優勝決定戦で同門対決(北勝海)を制す)
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私の知っている限りの戦後の横綱では
千代の富士は栃錦、初代若乃花タイプであり
白鵬は大鵬に似ているのではないだろうか。

               (千代の富士、大乃国に寄り倒され54連勝ならず)
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小兵ながらスピードと技で
相手を圧倒したのが前者3人ならば
後者2人のどっしりとした相撲ぶりから
磐石の安定感が感じられる。

               (大鵬、若き頃の磐石の相撲)
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従って、私の眼からは
負けない相撲で言うならば
白鵬、大鵬の方が栃、若、千代を上回っていると思われる。

               (左、柏戸、右、大鵬、横綱同時昇進の頃)
c0135543_1938571.jpg






しからば、白い鵬と大きい鵬では
どちらの方が安定感があるのだろうか?

今回の連勝記録から判断する限りでは
白鵬が勝っていることになるのだが
大鵬としては悔やんでも悔やみきれない一番があった。

それは昭和44年3月10日
春場所の2日目に起きた。

この日、大鵬は46連勝をかけて
平幕の戸田(後の羽黒岩)と対戦した。

当時の大鵬の弱みは
序盤、平幕、押し相撲と言われていたが
戸田はその3要素総て満たしていた。

果たせるかな勝負は早い相撲となった
立会い一気に戸田に押し込まれた大鵬は防戦一方
かろうじて土俵際を回り込み戸田を左に振った。

戸田の足が宙を浮いている中で
大鵬は土俵を割ったように私には見えた。

しかしながら行司、伊之助の軍配は大鵬に挙がった。

すかさず土俵下検査役から物言い
協議の結果、行司差し違えで戸田の勝ちとなり
大鵬の連勝記録はあっけなくついえた。

そのとき協議した5人の検査役の中で
審判長の春日野(栃錦)だけが大鵬の勝ちを主張したと言う。

しかし、テレビのスロービデオ
翌日の写真を見たファンから
続々と抗議の声が寄せられた。

その画像、映像は
戸田の足が宙に浮く前に
土俵外の蛇の目の砂をはっきりと払っているのを映し出していた。

               (大鵬は残っている、
                一方、戸田の足は土俵外の砂を払っている)
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結果的に行司、伊之助、
春日野親方の目が正しかったと言える。

その夜、大鵬は珍しく酒に荒れた、
そして自分の勝ちに自信を思っていた様子だった。

翌日以降気落ちした大鵬は体調を崩し
5日目以降休場してしまった。

過去の歴史、勝負に”if”を言っても仕方が無いが・・・

もしもこの一番で4人の検査役が注意深く見ていれば
大鵬の連勝記録は伸びて50以上に
達していたのではないだろうか。

所詮人間の目は当てにはならない、
翌場所以降勝負判定にビデオ導入が決められたことが
それをよく物語っている。

大鵬、白鵬、仕切りの所作もよく似て
戦後を代表する名横綱に違いない。

さー、白鵬、どこまで連勝記録を伸ばすことが出来るのだろうか?
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by shige_keura | 2010-09-18 07:59 | スポーツ | Comments(0)
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