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才色兼備の大女優 -後編ー
高峰秀子は1924年,北海道の函館の
蕎麦屋料亭を営む家に生まれた。

3人の兄、1人の弟に挟まれた
5人兄弟のただ1人の女の子だった。

4歳の時、母の結核による死により
彼女の生涯は大きく変わっていく。

父の姉の養女となり
東京の鶯谷に転居する。

母の志げはかつては高峰秀子の芸名で
活弁士をしていた。

養父は旅回り一座の興行ブローカーで
したたかな男。

秀子が好むと好まざるにかかわらず
映画のオーディションに応募した背景が
判るような気がする。

松竹の子役として採用された彼女は
義母の芸名をそのまま引き継ぐこととなった。

               (秀子4歳のころ)
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秀子は子役として活躍した時代、
二人の男性から養女に迎えたいとの申し出があった。

一人は松竹蒲田の代表監督、五所平之助、
もう一人は大歌手、東海林太郎だった。

               (東海林太郎と6歳の秀子)
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しかし、いずれも養母のヨコヤリが入り
話しは破談となった。

そのうち、祖父一家の破産
自立できない兄弟等々により
彼女は経済的大黒柱の役を担わされた。

この過程で、若い娘の心に
人間不信が芽生えたとしても不思議ではない。

その苦境から這い上がったということは
彼女がいかに逞しく、賢い女性であったかを物語っている。

中学校も碌に出ていない秀子だが
社会的第一人者の男性とも
堂々と渡り合った。

その具体的な一例が
映画、「東京オリンピック」を巡って
市川昆監督擁護の為に
時の大臣、河野一郎と戦わせた白熱の論戦である。

秀子の理路整然とした正論に
河野一郎は納得し市川昆批判の旗をおろした。

「高峰秀子は只者じゃない!
 女でよかった」
話し合い直後、河野一郎が漏らした言葉だ。

又、彼女は美術への造詣も深く
今も”お宝鑑定団”で有名な中島誠之助と
共同で骨董屋を営んだこともあった。

美術品に対する目利きだけでなく
お客との丁々発止の駆け引きが出来なければ
骨董屋は務まることではない。






秀子は東海林太郎に可愛がられたように
歌の才能にも秀でていた。

「銀座カンカン娘」の映画では
同名の歌を笠置シズ子の指導で歌い
記録的な大ヒットを記録した。

               (「銀座カンカン娘」左から灰田勝彦、高峰秀子
                 笠置シズ子、岸井明)
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更に、このことは余り知られていないが
「森の水車」を最初に歌ったのも秀子である。

”コトコトコットン、コトコトコットン・・・”で
余りにも有名な「森の水車」が
発表されたのが1942年のことだった。

あっという間に大衆に浸透したこの歌なのだが
軍部から敵性音楽と認められ
発売禁止となってしまう。

歌詞にある、”ファミレドシドレミファ”が
敵性音楽とされた理由らしいが
今となっては全く馬鹿げた出来事だ。

尚、「森の水車」は戦後
並木路子が歌い大ヒットを記録した。

彼女の意志の強さを表す
もうひとつのエピソードを紹介する。

それは、5社協定の縛りが強い1950年
秀子は日本初のフリー女優として独立した。

フリー宣言、即干されるを意味していた時代に
彼女の行動は稀有のことで皆が唖然とした。

しかしながら、その後の活躍はご存知の通り!

日本初のカラー作品、「カルメン故郷に帰る」、
「二十四の瞳」、「流れる」、「喜びも悲しみも幾歳月」
「女が階段を上がる時」実に多彩な作品が並ぶ。

少し頭が弱いが気のいいストリッパー、
               (「カルメン故郷に帰る」の踊子)
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村の分教場で教鞭をふるう大石先生、
               (「二十四の瞳」、大石先生)
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独立心の強い芸者置屋の娘、
               (「流れる」、松竹蒲田三大女優の競演
                 左より栗島すみ子、高峰秀子、
                 山田五十鈴を挟んで田中絹代)
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燈台守の夫を支えるしっかり者の嫁、
               (「喜びも悲しみも幾歳月」、佐田啓二と)                (
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したたかながら哀感漂う銀座のバーの雇われマダム。
               (「女が階段を上がる時」、森雅之と)
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高峰秀子は天才子役にして
年を重ねるごとに芸域を広げていった
日本を代表する女優だった。

               (香川県小豆島に建つ「二十四の瞳」
                ”平和の群像”)
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あの、大石先生とつぶらな二十四の瞳をもう一度見てみたい。
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by shige_keura | 2011-01-10 09:28 | | Comments(0)
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