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初春浅草そぞろ歩き (雲よりも高く)
明治から大正にかけて
東京で有数の盛り場として賑わう浅草、
そこに誰もが知ってる建物があった。

浅草六区に1890年に建設された「凌雲閣」、
建物の高さが12階だったことから
通称、「浅草十二階」の名前で都民に親しまれていた。
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「凌雲閣」の名前の由来は
勿論、雲を凌駕するほどの高さからきている。

当時、庶民の多くは長屋暮らし、
平屋の貧乏生活なのだから
高い所から世の中を見たことが無かった。

そこに雲をも睥睨し、
見たことも無いような
異国情緒の建物が出来たのだから
人気が沸騰するのも当たり前だ。
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イギリス人の設計による凌雲閣、
10階までが煉瓦造り
11,12階と展望台が木造、
今は当時の写真で見るほかは無いが
なかなか洒落た建築物だ。

スポンサーは新潟、長岡の生糸商人、福原庄七、
自らがパリのエッフェル塔を見てヒントを得ている。
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一気に浅草のランドマークとして注目を集めた凌雲閣、
石川啄木、北原白秋等が歌に詠み、
江戸川乱歩は小説「押し絵と旅する男」の中に
凌雲閣を象徴的に使っている。
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高さが約52メートルの凌雲閣には
更に人々の注目を浴びる仕掛けがあった。

それは、日本初のエレベーター2基が
開業と同時に設置されたことだ。

時に明治23年(1890年)11月10日、
後にこの日は「エレベーターの日」と定められた。

約3畳の広さを持つ西洋の文明の利器、
2基の一方が上昇すると
片方が下降するといった単純な仕掛けで
8階まで2分をかけて運行は開始された。

当時の人々はエレベートルと呼び
誰もが一度は乗りたいと願った。

しかしながら麻縄が頼りという
真に危ういエレベートル、
開業後、不具合が後を絶たず
7ヶ月で危険と認定され運行停止処分となった。
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凌雲閣に再びエレベーターが登場したのは
23年後の大正3年(1914)、
日本オーチスがアメリカより輸入して設置した。
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ところが9年後、関東大震災により
凌雲閣自体、9階から上が崩壊してしまう。
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ここに、浅草と言うよりも東京で話題となった建物、
雲より高い凌雲閣は32年の歴史の幕を閉じることとなった。
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今は、この浅草の程近くに
スカイツリーの建築が進んでいる。
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高さ634メートルのスカイツリー
一方はたった52メートルの凌雲閣、
この大きな差に、この間の文明の進化を見ることが出来る
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東京タワー完成後半世紀、
今、下町に世界一の高層建物が出現する。

さてさて、50,60年後には
更に高い建物が東京に出来るのであろうか?

そして、その頃、日本人は
どのような毎日を送っているだろうか?
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by shige_keura | 2011-01-18 09:09 | | Comments(0)
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