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梅の季節に梅供養 -中篇ー
千葉の貧しい家で生まれた花井お梅は
9歳の時養女として売られ、
15歳の頃より新橋でお座敷に出始めた。

その時の源氏名は”小秀”、
彼女は持って生まれた美貌と
客扱いの上手さで引張りだこの人気者となっていった。

自分の人気に自信を得た彼女は
柳橋に移ったときに名前を代えた。

その名は”秀吉”!!

芸者で天下を取ってやるとの
心意気が見て取れる。

その通り、20歳の若さで
待合の女将に登りつめたまでは良かったが
店の名義を巡って大騒動に巻き込まれていく。

美しいが男勝りの、
お梅の性格がここで災いする。

信頼していた使用人峯吉に裏切られたと知ったお梅は
逆上の余り出刃包丁を振りかざし
彼を浜町河岸に追い背中に突き立て刺し殺してしまう。
c0135543_18141976.jpg

時は明治20年、お梅24歳の若さだった。

               (事件直後の”お梅”、志村立美 画)
c0135543_1816695.jpg

これを、花井お梅事件、
通称”箱屋事件”と呼ばれている。
c0135543_1815075.jpg






”箱屋”とは
宴席に出る芸者の供をして
箱に入れた三味線等を持って歩く男のこと。

峯吉(小説では巳之吉)がこの箱屋だった事で
”箱屋事件”と呼ばれるようになっていったのだ。

一旦は無期懲役となったお梅だが
強力に弁護する人も現れ
15年の刑期で出所することが出来た。

その後は浅草で汁粉屋、洋食屋経営のあと、
己の起こした事件を売りにする一座を立ち上げ
全国を行脚する。

このようにしたたかな女性だったのだが
素人の悲しさで一座は長持ちせず
最後は馴染みの芸者に戻り一生を全うした。

ここで、明治、大正、昭和を生きた
大劇作家の真山青果が登場する。

大正期に入り、真山青果が
「仮名屋小梅」の名前の下に
箱屋事件を小説にしたことが人気を呼び
”お梅”は舞台にそして映画へと取り上げられるようになっていった。

そのなかのひとつの作品が
日本映画史の中ではエポックメーキング的であり
知る人ぞ知るものなのだが
続きは明日の後編で。
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by shige_keura | 2011-02-08 09:16 | | Comments(0)
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