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築地、月島、佃島 -”もんじゃ”、”どんどん”、”おこのみ”で-
勝鬨橋を渡り新大橋通りを左折すると
ほどなく月島界隈に入っていく。

何故、このようなところを歩いているか?
そのきっかけは朝のNHK連続ドラマにある。

2月某日の朝、テレビの画面から
今日も飽きもせず”お好み焼き”を
せっせと焼く人、食べる人の姿が目に入ってきた。

家内と二人、どちらが言い出したかは判然とせぬが
”お好み焼き”はともかくも
月島の”もんじゃ”に行って見ようと衆議一決したわけだ。
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もんじゃ焼き通りのなかの人気店、
”くら”のもんじゃは予想通りの味だった。
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すなわち、ビックリするほど旨くは無いが
失望するほどの味でもなく
典型的なB級グルメとはこのことなのだろう。
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適当に旨く、早く、安く、
ヴォリュームタップリと言う按配だ。
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”海鮮もんじゃ”と”焼きそば”
各1人前で夫婦はお腹一杯、
たまの昼の食事には恰好である。
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ところで、”もんじゃ”と”お好み焼き”は
鉄板の上で焼く似たもの同士
そして”どんどん焼き”もその意味では親戚だ。
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一体全体この三種のB級グルメの関係は?






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三者のなかでは”もんじゃ”が
最も歴史が古く先輩格と言って良いだろう。

”もんじゃ”のルーツは安土桃山の茶人、千利休に遡る。
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彼が茶会用の菓子として
麩焼きの甘い煎餅を作らせたのがそもそもの始まりである。
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それがお江戸に伝わり、”助惣焼き”の名前で
小麦粉を溶かし鉄板の上で
餡を包みこんだ菓子として人気が出てきた。

なかでも、麹町で鉄板の代わりに”銅鑼”を使ったのがもとで、
庶民御馴染みの”ドラ焼き”となっていった。

しかしながら、大正から昭和の戦乱、
日本は未曾有の食糧危機となり
”もんじゃ”は小麦を溶かし
味だけをつけた貧しい食べものと変化していった。
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東京の下町、ここ月島界隈も
家の前に鉄板を置き
”もんじゃ”を供する戦争未亡人が多く居たと言う。
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その時代に”もんじゃ”の名前が生まれたらしい。

即ち、子供たちにお遊びで
具を使って鉄板の上で字を書いたもの、
”文字焼き”が”もんじゃ”となっていった。

しからば、”どんどん焼き”とは?

これは、”もんじゃ焼き”が
路上販売用に変化していったものと見られる。

”どんどん焼き”の発祥は浅草近辺と言われている。

そのころ、昭和初期の下町には
”どんどん焼き”の由来となった
”ドンドン”と太鼓を鳴らして
町を行く屋台が数多く見受けられたようだ。

御馴染みの池波正太郎氏にとっては
”どんどん焼き”は格別に郷愁を誘うものだった。
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氏に言わせると、
 「どんどん焼きは今のお好み焼きの如く、
 何でもかんでもメリケン粉の中へ
 混ぜ込んで焼き上げる雑駁なものではない。

 熟練の職人が数種の器具を魔法の如く操り
 何種類ものメニューを鉄板の上に作り出すのである」
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そのメニューは”牛てん”、”パンカツ”、”カツレツ”、
”オムレツ”、”おしる粉”、”餅てん”、”キャベツボール”等
百花繚乱、極めて蠱惑的響きで迫ってくる。

最後に、”お好み焼き”となるが
これは”もんじゃ焼き”、”どんどん焼き”が
或る時期、関西に流れて、大阪、広島等の各地で
今のお好み焼きの原型が生まれたのだろう。

あの”ソースべったり”は
関東人の感覚とは思えないからだ。

たかが”お好み”、なんだい”もんじゃ”、されど”どんどん”
たとえB級といえども食のルーツ、発展は興味深い。

ところで、”お好み焼き”、”もんじゃ焼き”は分ったが、
最も魅力的な池波正太郎時代の”どんどん焼き”、
何処かに食べさせる店は無いだろうか?

B級グルメ談義はこのくらいにして
次の目的地、佃島へ行く前に
交番に立ち寄らねばならぬ。

道を聞く為ではない。

この交番、警視庁傘下数ある中で
現役の中で最古のものなのだ。
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何しろ初代木造建設が大正10年
その後、大正15年(1926)、
現在の鉄筋コンクリートに建て替えられ
現在に至っている。
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敬意を表しご挨拶すると
古参おまわりさん、
「どんな、もんじゃ」といった顔をしていた。
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by shige_keura | 2011-02-17 08:52 | | Comments(0)
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