Top
異国情緒 -異人の館-
三省堂の国語辞典によれば、
異人の意味は”外国人”、
外人を引くと、”外国の人(主に欧米人)を指す”とある。

しかし、感覚的にちょっと違うと思うのだ。

”異人と外人”、自分の頭の中では
次のようなイメージが出来ている。

両者とも外国の人なのだが
異人のほうが外国と言っても
欧米の人たちを強く指す。
c0135543_1001453.jpg

有名な童謡の「赤い靴」、
”異人さんに連れられて・・・”の異人さんは
誰もが欧米の人を思い浮かべるだろうし
実際にそのイメージで作られている。
c0135543_101418.jpg

ならば異人と外人の違いは
より古い時代の欧米の人たちが異人であり
時代が昭和に入っていくと
全ての外国人が外人になるのではないか?

勿論、この時代でも外人と言うと
先ずは欧米の人を思い浮かべるだろうが。

即ち、鎖国真っ只中から明治、大正初期にかけて、
欧米人は日本人にとって極めて珍しい存在だった。

長身、鼻が高く、目の色、髪の色も違う。

そのような人たちは
当時の日本人にとって異形、異相、
すなわち異人だったのではないだろうか?
c0135543_1024884.jpg

一言で言えば、文明堂の包み紙の人たちである。

欧米の人たちが異人と言われた時代、
その人たちが移り住んだ町並みは
一種独特の香りを漂わせていた。

その香りを「異国情緒」と言うのだろう。






横浜は頭と並び
日本の文明開化最前線の港町。

ならば、日本を代表する
異国情緒溢れる町だったことは間違いない。

その名残は特に山手地区の随所に見られる。

山手地区の「港の見える公園」の一角に
通称、フランス山と言われている場所がある。

その名前の由来は幕末に遡る。

当時、生麦事件をはじめとする
外国人への殺傷が相次いだことで
フランスは横浜居留地の自国民の保護の為
軍隊の駐留を決定し
この地にフランス人兵舎を築いた。

それが”フランス山”の名前の由来なのである。
c0135543_10151382.jpg

その後、明治8年、フランス軍は撤退、
山の麓に「極東一素晴らしい建築」と言われた
フランス領事館が明治29年に完成し、
遅れて山の上に領事公邸が築かれた。

共に大震災で倒壊後、
昭和5年に再建されるが
残念ながら昭和22年不審火により焼失してしまった。
c0135543_1052728.jpg

今ではフランス山の上に
当時の公邸が廃墟のように残されているだけだ。
c0135543_1062984.jpg

一見しただけでは建物の由来は分らぬ中で
唯一、フランスの存在を残しているのが
水を汲み上げる為に当時設置していた風車の再現だ。
c0135543_107715.jpg


c0135543_1073953.jpg

赤、青、白、フランスの国旗
トリコロールに色分けされた風車の翼だけが
フランスを初め多くの異人さんが
活動していた時代を物語っている。
c0135543_10135387.jpg

[PR]
by shige_keura | 2011-02-22 08:50 | | Comments(0)
<< 異国情緒 -ハマの天狗は洒落男ー 眦を決する >>



2007年9月末にこちらに引っ越してきました。
→過去のブログを見る


ホームページ 



LINK 


LINK FREE

このブログの写真・テキストの無断使用はお断りします。

(c) 2007 shige_keura. All rights reserved.