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異国情緒 -ハマの天狗は洒落男ー
「港の見える丘公園」の一角に
大仏次郎記念館が今の横浜港を見下ろしている。
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大仏次郎の足跡をたどると
時間軸の長さでは
鎌倉が横浜を圧倒的に凌駕している。
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即ち、彼は明治30年に横浜で生まれたものの
6歳で鎌倉に引越し、終生その地を離れなかった。
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鎌倉で彼は最初に長谷大仏裏に居を構え、
そこで大仏様に因んだペンネームが誕生した。

長男の大仏様が一郎ならば
俺は次男の大仏次郎と言うわけだ。

それほど思い入れの深い鎌倉だが
彼は幕末、明治時期の横浜を好んで小説の題材とした。

異国情緒に溢れ洒落た横浜の雰囲気が
ハイカラ男、大仏次郎の創作意欲をかきたたせたのではないだろうか。

「霧笛」、「花火の街」、「幻燈」、「薔薇の騎士」等、
”ハマ”を舞台にした小説は
当時、次郎が書斎として使用していた
ホテル・ニューグランドの港の見える部屋で執筆された。
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大仏次郎の上品で洒落た姿は
ニューグランドのバーで見かけられたと言う。
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時には筆に行き詰まって深い皺を寄せ
ある時は筆の進みに笑みを浮かべ
大好きなドライマティーニを静かに飲んでいたのだろう。

ここに、私が思い描いていた大仏次郎との
大きな落差がある。




私にとっての大仏次郎は
何と言っても、”天狗のおじさん”、「鞍馬天狗」であり
白馬にまたがる無敵のヒーローであり
天狗役者の極めつけ、嵐寛壽郎に繫がっていってしまう。
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つまり、ホテルのバーでグラスを傾けるイメージよりも
白木のテーブルの前で端然と日本酒の盃を進める
昔かたぎのお爺さんを想像してしまう。

今回、大仏次郎の事を調べて分ったことが二つある。

ひとつは大人気シリーズとなった「鞍馬天狗」は
大仏次郎が生活の為に書いた苦肉のものだったと言う事。

彼としては1回限り、単発の積もりで書いた所、
予想を超える売上を記録し
出版社の強い要請で書き続ける事となってしまった。

そして、人気小説は嵐寛壽郎を得て
映画でも空前の大ヒット作品となっていった。

ところが、次郎は映画の出来具合に大きな不満を抱き
自分でプロダクションを作り
彼のイメージで「鞍馬天狗」を製作、公開した。

このときの天狗役者は、小堀明男、
インパクトの低い俳優の起用が祟ったのか
新・鞍馬天狗は大失敗に終わってしまう。

大仏次郎は一高、東大のエリート、
もしかすると、彼は大衆小説作家のレッテルを嫌い
一般受けしない時代劇を作ったのかもしれない。

著名の建築家、浦辺鎮太郎がデザインの大仏次郎記念館、
外観、内部共に作家の性格、性癖等を深く研究したものという。
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その結果できたのがその昔の典型的な洋館だ。
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採光の為に取り入れられている大きなステンドグラスの窓、
ハマの丘の上を意識した明るく洒落た色彩のロビー、
ホテルを思わせる落ち着いたベッドルーム。
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まさしく、ハマの天狗、大仏次郎は
異国情緒溢れる時代の洒落男だったのだ。
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by shige_keura | 2011-02-23 10:17 | | Comments(0)
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