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異国情緒 -レイモンドさんの家-
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バラの季節はさぞや美しかろうと思われる
イギリス館を通り抜け
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外人墓地に沿って歩いて行くと
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右手に現れるのがエリスマン邸である。
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エリスマンとは当時生糸貿易会社の
横浜支配人として活躍したスイス人であり、
この建物は彼の私邸として1925年
山手内の別地区に建てられた。

その後、1982年マンション建設のため解体され
現在の土地にその美しい姿を再現している。

               (戦前の西洋館の中で最大の規模、ベーリック・ホール)
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お隣のベーリック・ホールほどのスケールは無いが
西欧の田園地帯の別邸を思わせる
洒落た表情をしている。

それもそのはずで、
この建物は日本の建築界に大きな影響を与え
「現代建築の父」と言われた
アントニン・レイモンドの手によるものなのだ。
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レイモンドはチェコ生れの建築家、
東京帝国ホテル建築の時
ライトの弟子として来日したのが縁で
戦前戦後の日本で数多くの作品を残している。





レイモンドの主な作品を挙げると、

藤沢カントリー倶楽部クラブハウス、聖心女子学院
聖路加国際病院、ソビエト大使館、アメリカ大使館、
東京ゴルフクラブ、上智大学6号館等々枚挙に暇がない。

さて、レイモンドの名前を久しぶりに見聞し、
その昔を懐かしく思い出した。

何故かと言うと、小学校から中学にかけて
レイモンドの設計した家で寝泊りした時期があったからだ。

当時、祖父の弟が軽井沢に別荘を持っており
夏に入ると一度はそこに滞在したことがあった。

そこで、皆の会話の端はしに出てきたのがレイモンド。

「ここはレイモンドさんの家なのよ」、
「あの帝国ホテルをライトと一緒に手掛けた人」。

私の耳にはいつしかレイモンドの名前がこびりついてしまった。

しかしながら、子供の目には
家自体は別荘なのでこじんまりとしており
特別な家といった感じは持たなかったのが事実である。

従って、あの家が本当に彼の設計によるものなのか?

疑問に思っていたのだが
レイモンドの作品集には
軽井沢の夏の家が2軒ほど出てくる。

写真で確認は出来ないのだが
恐らくあの家は彼の手による家だったのだろう。

当時、レイモンドの良さを理解するには
幼すぎであった、ということなのだろうか。

あの頃の軽井沢、自転車を漕いでいると
突然、道路わきの草むらから雉が飛び立ったり、
はるか唐松並木の朝もやをついて
蹄の音が徐々に近づいてきたり、
それはそれは夢の世界のようだった。
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そんな昔を思い出しながら
快適な時間をエリスマン邸で暫し過したのである。
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補足、4回続いた異国情緒は2月14日の午後、
横浜山手をぶらりと独り歩きをした時のものだ。

尚、その時、自分としては驚くべき発見に遭遇したのだが
それは事実を確認後、別機会に紹介したいと思う。
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by shige_keura | 2011-02-27 08:28 | | Comments(0)
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