Top
競馬二題 (哀しい血)
メジロダイボサツ、その名前を耳にしたとき
1960年代に活躍した
1頭の小さな牝馬を思い出した。

その名前はメジロボサツ。

               (北海道白老町、オーシャン・ファームにある
                メジロボサツの墓)
c0135543_2115274.jpg

ひょっとすると、この2頭には
何らかの関係があるのではないだろうか?

調べて見て、「やぱり!」、
メジロボサツはメジロダイボサツの高祖母だった。

具体的にはメジロダイボサツの母がメジロドーベル、
その母がメジロビューティ、
その母がメジロナガサキデあり、
その母はメジロボサツへと辿りつく。

1963年の5月、季節はずれの嵐の夜、
1頭の小さな牝馬が生まれた。

ところが、彼女の母、メジロクインは
大変な難産の結果、子供を産み落とした直後、
力尽きて死んでしまった。

従って彼女は母の乳の味を知ることはなかった。

母の供養の意味もあり
メジロボサツと名付けられた彼女は
母乳を飲めなかったこともあってか発育が悪かった。

デビュー寸前、第二の不幸が襲う。

彼女の父である名種牡馬、モンタヴァルの突然死である。

370-80キロ、小柄で華奢な彼女は
天涯孤独で競走馬としてのスタートを切った。

体格的に見劣りがする彼女に対し
世間の期待は高くなかったのは当然だ。






ところが、デビュー戦こそ4着に敗れはしたが
彼女は2戦目以降朝日杯(現在G1)を含め
牡馬に伍して7連勝を飾り、
翌年のクラシック最有力に躍り出た。

小さい馬体から繰り出される驚くべき瞬発力、
それは己の身に起きた不幸を
一心不乱に振り払っているかのようだった。

迎えたクラシック第一弾、桜花賞、
一番人気の彼女は出遅れた。

短距離の出遅れは致命的、
4コーナーはどん尻の絶望的ポジション、
誰もが、はるか先を行く2頭のマッチレースと思った。

その時、彼女は矢のような足を繰り出し
馬群を割って2頭を追い詰めた。

しかし、写真判定の結果はクビ、ハナ差の3着に終わった。

捲土従来を期したオークスだったが
当日は土砂降りの泥んこ馬場、
追い込み馬には致命的ハンデをものともせず
彼女は重馬場得意のヒロヨシを追い上げた。

ここで勝てば悲劇のヒロインから抜け出せる。

その一念でメジロボサツは
府中の直線を力の限り駆け抜けていったに違いない。

が、ここでも彼女は2着どまりだった。
c0135543_21104532.jpg

小柄な身体にかけた大きな負荷、
以降の彼女は著しく精彩を欠いた。

新たな勝星は僅かに二つ、
メジロボサツは競走馬として短い歴史に幕を閉じた。

スポーツの世界に”If”は無意味ではあるが
もしも、メジロボサツが無事に育てば
同期の仲間の中で最強の称号が与えられていたに違いない。

忘れえぬ早熟で薄幸の名牝、メジロボサツ、
その血を受けたのがメジロダイボサツなのだ。

その命名理由は分らぬが
彼は高祖母とは異なった道、
即ち大器晩成型として歩んで行って欲しいものだ。

かつて、競馬通だった故寺山修司さんは
次のような詩をサラブレッドに捧げている。
c0135543_2011532.jpg

「涙を馬のたてがみに
 心は遠い草原に」

遥か昔に物語を築き上げた一頭の馬、
その血が新たな物語を作ろうとしている。
[PR]
by shige_keura | 2011-03-01 08:43 | スポーツ | Comments(0)
<< 言葉の重み 競馬二題  (血の証明???) >>



2007年9月末にこちらに引っ越してきました。
→過去のブログを見る


ホームページ 



LINK 

カテゴリ
全体



スポーツ
その他
LINK
トリップアドバイザーにお勧めブログとして認定されました。金沢 ホテル
旅行口コミ情報
最新のコメント
懐かしい名前を拝見いたし..
by モモタロウ at 17:42
↑恥ずかしいからそういう..
by Hiraoka at 17:45
試合はブチ切れるし、判定..
by shige_keura at 09:36
コメント有難うございまし..
by shige_keura at 18:00
全話をチェックした訳では..
by 通りすがり at 16:23
以前の記事
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
more...
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

LINK FREE

このブログの写真・テキストの無断使用はお断りします。

(c) 2007 shige_keura. All rights reserved.