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花の雲、鐘は・・・・・
今年は厳しい冬が長く続くうちに
3月中旬の東日本大地震、
お花見の浮き立つ気分とはならぬままに4月に入った。

しかし、どんなに冬が寒くとも
桜は開花間近となってきた。
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例年繰り広げられる花見の馬鹿騒ぎは
特に大震災以降のエチケットとして論外と思うが、
桜を愛でることは良いことでもあるし
自粛自粛では花も浮かばれぬだろう。

被災地の方々には複雑な想いがあるが、
我々は何時までも下を向いているわけにはいかない。

春爛漫の桜花から元気を貰って
出来ることを着実にやって明るく前へ進もう。

さて、例年、満開に咲き誇る桜を見るたびに
思いだす俳句がある。

「花の雲、鐘は上野か浅草か」

数多くの芭蕉の句の中でも
ひと際、有名で親しまれている一首だが
彼はどのような状況で何を言おうとしたのだろうか?

いとも単純な句のように見えても
いくつかの解釈がある。

先ずは、解釈を紹介する前に
事実関係を整理してみよう。

彼がこの句を詠んだのは貞亨4年(1687年)、
家康が関ヶ原に勝利してから87年後
四十七士が吉良邸に討ち入る16年前のことだ。

時まさに徳川幕府が安泰の時を迎え
庶民も太平を謳歌した頃、
江戸の春爛満の時である。

芭蕉はこの句を当時住んでいた深川の芭蕉庵で
句作に打ち込んでいたに時に詠んだものだ。

この芭蕉庵から、上野、浅草はほぼ等距離である。

以上のヒントから
貴方ならどのように解釈しますか?






先ず「花の雲」であるが
これを”花曇りの一日”と解釈している人もいる。

しかし、これはどう見ても大方の解釈、即ち、
”満開の桜が、あたかも雲のように広がっている”
こちらの方が相応しいと思われる。
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次に、これが焦点だが、
”鐘は上野か浅草か”に関連する解釈である。

              
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鐘の音が聞こえてくる場所は
浅草の浅草寺と上野の寛永寺、
時の鐘の音で間違いない。

問題は芭蕉が何故、上野か?浅草か?と言ってるのだろう。

その時、芭蕉は庵で句作に没頭していた。

両寺は時の鐘を知らす寺なので
その時刻になると鐘を打ちならし始める。

従って、両寺の鐘の音が交錯するのが当然であり
偶々どちらかの鐘の音が聞こえたので
”今、鳴ったのはどちらの寺なのだろう?”
と芭蕉は顔を上げた。
と、その視線の先に満開の桜が雲のように連なっていた。

これが大方の解釈であり
私も同じ考えであるし、
これ以外の解釈は無いと思っていた。

ところが、違う解釈をする人もいる。

その人の前提は
時の鐘はあくまでも人が鐘をつくので
時間通りに鐘をつき始めるとは限らない。

つまり、両方の寺の鐘が
同時に鳴りだすとは考えにくい。

芭蕉が鐘の音を聞いたときは
偶々、どちらかの寺は未だ鐘をついていなかった。

従って、芭蕉は今つき始めたのは
上野の寺か、浅草の寺かと顔を上げた、となる。

更に、異なった解釈をする人もいる。

芭蕉は毎日のように鐘の音を聞いているから
どちらの寺の鐘かは、すぐに分かる筈だ。

だから、未だ鐘の音は実際には聞こえていない。

そろそろ鐘が上野か浅草から聞こえてくる頃だ、と
顔を上げた先に満開の桜が目に入った。

五七五、短い句の文とは言え
様々な解釈が生まれてくる。

解釈はどうあれ、誰しもがこの句から
美しい春の盛りの景観を実感することだろう。

そして、今年も満開の桜がもたらす
絢爛たる春の景色はすぐそこまで来ている。
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人それぞれに花を愛で気分を一新しよう。
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by shige_keura | 2011-04-02 20:08 | その他 | Comments(0)
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