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春の信濃路 -素敵な美術館、安曇野篇-
北アルプスの山裾に優しく広がる安曇野村、
この村には春の信州の優しさを象徴する
チャーミングな美術館が点在している。

中でも穂高駅から程近くにある碌山美術館は
周囲の雰囲気、建物、展示物が風景に溶け込んで
素晴らしい雰囲気を醸しだしている。

ここは、日本の彫刻界の草分けで
安曇野村出身の荻原碌山(本名、守衛)を記念している。

先ずは正面入り口から見える
チャペルを思わせる館が魅力たっぷりだ。
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そして、幾つかに分かれた建物は
それぞれがゆったりと作られ
安曇野の清らかな空気がゆったりと流れている。
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ドウダンつつじ、山吹が咲き乱れる庭、
鑑賞し終わったならば庭の椅子で
自然に囲まれ一休みするもよし
コテージ風の資料館で碌山をひも解くのも良い。
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勿論、館内の碌山が遺した作品は
彼の彫刻にかける想いが凝縮されているようで
見る人の目を引き付ける。
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碌山の人生は30年と、はかない。
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幼いころから病弱だった彼は
読書や絵に喜びを見出していた。

1904年、25歳の時
滞在していたパリで大きな転機がおとずれる。

ロダン美術館で見た「考える人」は
彼に芸術とは何たるかを問いかけてきた。

即ち、碌山がその時悟ったのが、
”人間を描くとは、その姿を写しとることではなく
 魂そのものを描くことなのだ”であった。

彼の号、碌山は恐らく
ロダンにあやかってつけたものなのだろう。

帰国後彫刻家の道を進むことを決意した碌山は
「デスペア」あるいは「女」等
女性を描いた作品で世を騒然とさせた。
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騒然とさせた原因は
その作品そのもののユニーク性と同時に
碌山がある女性を想う恋心にあった。

相手の女性は碌山の郷里の先輩であり
彼のスポンサーとなって尽くしてくれた
相馬愛蔵(中村屋の創始者)の妻、良(黒光)だった。
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               (愛蔵と結婚した頃の黒光)

良は当時、”アンビシャスガール”と呼ばれたほどの女性、
ペンネームの黒光の由来は
敬う師より、「少し才能(光)を消しなさい」と
言われたことによるものだ。

黒光も碌山の想いは薄々感じてはいたが
不倫の恋には発展しなかった。
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1910年、黒光を密かにモチーフとした「女」の完成後
その年の4月に碌山は大量の血を吐いて急逝してしまう。

親友でかつ碌山を敬愛する高村光太郎の
その時の衝撃を表した詩が
美術館の庭に飾られている。

碌山の生涯はたったの30年だが
彼の日本彫刻界に与えた功績は測り知れない。
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by shige_keura | 2011-05-17 08:26 | | Comments(0)
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