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旧ユーゴを巡る  -民族・宗教・言語の錯綜―
6月1日から13日にかけて
東ヨーロッパのクロアチア、スロベニア
そしてモンテネグロへの旅に出た。

この3カ国、私にとって国名としての馴染みは
かつて親国であったユーゴスラビアの方が親しみが持てる、
例え、その名前が世界史の上で存在したのが
100年足らずであったとしてもだ。(1929年ー2003年迄)

1918年、セルビア王国を母体とした
セルブ・クルワ―ト・スルヌーブ王国が誕生し
これが1929年、ユーゴスラビア王国と改称した。

世界史におけるユーゴスラビアの誕生だ。

その後、1945年、社会主義に移行し
ユーゴスラビア連邦人民共和国と名前を変え
カリスマ指導者、チト-大統領の下
スターリンとも袂を分かった
独自の社会主義国家として存在感を示していく。
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しかしながら1980年、チト-逝去後
国内は宗教、民族等の対立が激化し
1991年に遂にユーゴースラビア紛争にまで発展する。

もともと、ユーゴの翼の下には
6つの共和国、5つの民族、4つの言語
3つの宗教がひしめいていたのだから
偉大なるチト-ならではの統一国家だったのである。

1992年、セルビアとモンテネグロ主体の
ユーゴスラビア連邦共和国が生まれ、
ユーゴとして名前は保ったものの
2003年にセルビア・モンテネグロ共和国と改称し
ここにユーゴスラビアの名前は世界史から消えていったのだった。






私が欧州で暮らしていた時は
まさにユーゴの内紛が勃発した時で
何が進行しているのかが分からぬ不気味さをはらんでいた。

とりわけ、1990年半ばローマに住んでいた時は
ユーゴはアドリア海を挟んだ隣国で
ミサイルの発射台がイタリアに向けられていると噂されたものだった。

以来、僅か20年を経た今
元ユーゴ内には6つの共和国と
2つの自治州を抱える多彩な地域として
世界にその名前を轟かせることとなった。

何故に多彩かと言えば
この地域にはローマはもとより
スラブ、トルコ等の影響の下
多くの民族が入り混じっており、
宗教的にもカソリック、イスラム、
そして、その土地のオーソドックス宗教が根付いている。

以下は現在に至るまでに
旧ユーゴから独立した国の時系列的推移である。

セルビア・モンテネグロ(旧ユーゴ全域)から
1991年、スロベニアとマケドニアが独立、
翌年にはクロアチアが独立、
1995年、ボスニア・ヘルツェゴビナが独立し、
更に、2006年、モンテネグロがセルビアから分離独立した。
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今回訪れた、3カ国は
主に西欧の特にイタリア(ヴェネチア)の影響を受けた国で
他の3ヵ国に比べ発展の歴史は早く
自分達の持つ豊かな歴史、自然資源を観光業に取り入れてきた。
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自然環境で代表されるのが
例えば、アドリア海沿岸の変化に富んだ青の美しさであり、
内陸部に目を転ずれば奥深い森林と緑の野に咲き誇る花々、
そして神秘の色をたたえた湖水の魅力だった。
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歴史的資源では数ある教会に代表される
ロマネスク、ゴシック、バロックが混在する
世界でも珍しい特異な建造物だった。
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明日以降、何回かに分けて
今回の旅のハイライトを辿ってみたい。
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by shige_keura | 2011-06-20 12:57 | | Comments(0)
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