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山中日記 -汲めども尽きぬ野球の話題 前篇-
NHKニュースウオッチ9のアンカーマン、大越健介さん、
温かい人柄を思わせる爽やかな語り口が大好きだ。

好きになるもう一つの理由は
彼が根っからの野球人であることにも因るのだろう。

甲子園出場は叶わなかったが
東大のエースとして神宮で活躍
通算8勝の勝ち星は歴代東大エース第5位である。

更には、1983年の日米大学野球選手権に
東大選手として初めて代表に選出されたことは
彼の卓越した野球人としての技量の表れだ。

日大三高の優勝で幕を閉じた夏の大会、
大越さんは甲子園を取材していた。

その中の、エピソードのひとつが
先日のニュースウオッチ9で紹介され、
その時、登場した一人の審判によって
その昔の野球のひとこま、ひとこまが
懐かしく思い出された。

まさに、題名の通り、「汲めども尽きぬ野球の話題」となっていった。




登場人物は夏の大会で
審判を務めていた堅田外司昭氏。

今でも伝わる、1979年、延長18回の熱戦、
強豪、箕島高校を向こうに回し
星陵高校のエースとして活躍した男である。
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延長16回、星陵は1点を挙げ3対2、
その裏の箕島の攻撃は2死無走者、
ここで打者は1塁側に力のないファールフライを打ち上げた。

誰もが星陵の勝利を確信した、
その直後、1塁手がこの年から敷かれていた人工芝の縁に
足を取られ転倒、落球してしまう。

命拾いしたバッターから放たれた打球が
起死回生の本塁打を放ったのがその数分後だった。

「甲子園には奇蹟が住んでいます」
実況のアナウンサーから発せられた言葉だった。

その後、堅田投手健闘するも
18回箕島の前に3対4で涙の敗戦を喫することとなった。
c0135543_92858100.gif

当時のおとなしそうな面影をたたえる堅田さんが
番組の中で次の言葉を漏らした。

「この大会、私は出来るだけ選手に身近に接しようとしています。
 その訳は、ここに持っているボールなのです」。

こう言って、彼が手に持ったボールを示した。
c0135543_929322.jpg

それは、1979年の熱戦、
敗戦が決まり肩を落とし、引き上げる堅田投手が
通路で待っていたひとりの男から手渡されたボールだった。

以下、明日に続く。
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by shige_keura | 2011-08-25 09:32 | スポーツ | Comments(0)
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