1月24日、外は一面の銀世界、
太陽に照らされた世界はキラキラと輝いている。 外は相当冷え切っているのだろう、 普段は落ちて無くなる電線上の雪が凍りついている。 朝8時のニュースの段階で 関東圏でスリップ事故が750件を超えている。 危ない、危ない!!! 凍結した道でスリップしたら一巻の終わり 焦れば焦るほど車の制御は効かなくなる。 思い切って窓を開けてみる。 澄みきった空気、ほのかな雪の香り、 張りつめた朝の冷気、 久しぶりの清冽な空気で 肺がビックリしてることだろう。 ベランダの温度計は丁度0を指している。 これでもゼロなのか!! あのときはこんなものでは無かった。 何しろ、外の気温はマイナス35度だったのだから!! あの時とは、1978年の2月末から3月、 3月9日、次女出産予定日の最中、 フィンランドのロバニエミ市に居た。 ロバニエミとは自動車会社が耐寒テストの為に好んで使う フィンランドの北方、北極圏は目と鼻の先にある町だ。 ホテル内は暖房が効いて25度、 試しに外に出る。 外の気温はマイナス35度、 ホテル内との高低差55度!!! 5分と持たない、眉毛は凍りつき、 日本から持参した防寒具は役に立たない。 寒いと言う感覚なのだか良くわからない、 とにかく全てが氷に閉ざされている。 しかし、素晴らしく綺麗であり 全てがクリーン、汚染とは対極の世界だ。 満を持して、雪道テスト走行が始まった。 北欧の人たちは嬉々として 雪道を80-100キロで飛ばしていく。 彼等の運転テクニックは 唖然とするぐらい素晴らしい。 あきれるほどにノロノロ走っている車は 全て、日本人が運転している。 地元の人達から、口笛をはじめ野次が飛ぶ。 隣で運転する友人の顔は引き攣ってる。 さー、下りのカ―ブが迫ってきたぞ、 エンジンブレーキでスピードを落として・・・、 駄目だ、ブレーキを踏んじゃ!!! 「あー」絶望的な声と共に 車はスピンし始めた、 ドーン、雪の壁に突っ込んだ。 その後の処理は全てフィンランド人が上手くやってくれた。 結局は、この雪道テストドライブ 日本人はお荷物でしかなかった。 まだまだ日本が欧州自動車市場を 理解してなかった頃のお話だ。 首都、ヘルシンキに帰った私に テレックスが届いていた。 「次女誕生おめでとう、母子共に健康!」 会議は一時休会、皆で乾杯! グラスの合わさる澄んだ音が響き渡った。 あれから35年近くも経とうとしている。 今日は温度ゼロでも十分に寒い朝だ、 そろそろ窓を閉めよう。
by shige_keura
| 2012-01-24 21:35
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