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栴檀は双葉より・・・・・・
「栴檀は双葉より芳し」、

栴檀は発芽の時から香気を持つように
大成する人物は、幼い時から
人並み外れて優れた所がある。

2月9日は、この諺を四股名にした、
大横綱、双葉山の生誕100周年記念日だ。
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私にとって双葉山は伝承の世界の人であるが、
何故か、親しみを感じてしまう。

一番の理由が、家内の実家の菩提寺と
双葉山の墓所が同じ寺だからだ。

日暮里駅に程近い「善性寺」、
総門を潜ったすぐ左に彼の墓がある。
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但し、墓石の正面に彫り込まれているのは
穐吉家(あきよし)、彼の家名だけ、
裏に回ってみると、双葉山の名前が認められる。

彼は関取りになるまでは
並の力士で全く目立っていなかった。

圧倒的な勝ち星を重ねることが無かったが、
その一方で負け越しもしなかった。

当時の春日野親方(元横綱、栃木山)はこう評した。
「双葉山は誰とやってもちょっとだけ強い」

体格的にも決して恵まれた力士とは言えない。

        身長    体重
双葉山    179㎝  128㎏
羽黒山    179   130
若乃花(初代)179   107
大鵬     187   153
北の湖    179   169
千代の富士  183   127
白鵬     192   153

小兵と言われた、初代若乃花、
ウルフ、千代の富士とほぼ同じ体格だ。

ただ、足腰は人並み外れて強かった。

父の事業が失敗したため
舟に乗って家を助けているうちに
自然とバランスの良い頑丈な足腰が生まれていった。

この話で思い浮かぶのが
西鉄ライオンズ黄金時代を支えた大エース稲尾和久さんだ。

彼も荒れた海で舟を操るうちに
強靭な足腰が形作られていった。

入幕してからの双葉山、
暫くは「うっちゃりの双葉」と評されていた。

それが、土俵際まで攻め込まれる前に
先手を奪い返す、すなわち「後の先」を会得した。

立ち会いは相手より一瞬遅れる。

ただ、そこから得意の右四つに素早く組みとめ
主導権を奪い返してしまうのだ。

双葉山は「後の先」を自分のものとし、
不滅の69連勝をはじめ次々と大記録を樹立した。






双葉山にはもうひとつ、
大きな肉体的ハンデキャップを背負っていた。

それは、彼が5歳の時に
吹き矢遊びが元で右目をほぼ失明してしまったことだ。

片方の視野が失われた中での取り組み、
もし、相手がこの事を知れば
徹底的に、この弱点を攻めてくる。

だから、双葉山はこの事実をひた隠しにした。

ところが、この弱点を瞬時に見破った人が居た。

このことが、双葉山をして
更に敬虔な日蓮宗の信者とならしめていった。

それは、双葉山が、当時の日蓮宗総本山、
身延山久遠寺の法主を案内していた時に起こった。

そのとき、法主は足が不自由で
車いすに乗り、双葉山が後ろを押していた。

車いすを押しながら数歩歩いた双葉山、
法主のひと言で凍りついた。

「双葉山さん、貴方は右目が相当悪いですね」

車いすの進みがいつもと違う!

もしや、関取りの目に原因が!!

瞬時に見破った法主の慧眼!

双葉山は、この時を境に
益々日蓮宗に深く帰依することとなった。
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大横綱誕生の陰に秘められたエピソードである。
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by shige_keura | 2012-02-09 09:09 | スポーツ | Comments(0)
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