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より高く、より遠く、壁を超えた男たち (完璧なる攻守走)
野球好きの御同輩!
名選手の生涯通算記録に関しての質問です。

メジャーリーグと日本プロ野球、
長い歴史のなかにあって、
生涯記録、3割、300本塁打、300盗塁、
いわゆる「通算トリプル・スリー」を達成した選手が
それぞれ1名居るが、それは誰でしょうか???

名前を言えば、野球好きの人なら誰でも知っている。

日本は主に東映で活躍した張本勲選手であり、
MLBが今日の主人公、ウィリー・メイズ選手だ。
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生涯トリプル・スリーを達成したのは
アメリカ、日本通じ、彼等二人だけなのだ。

長嶋、王、落合だって成しえなかった凄い記録だ。

          年数 試合数  打率  本塁打  盗塁 打点
ウィリー・メイズ  22 2992 0.302 660  338 1903

張本勲       23 2752 0.319 504  319 1502

アベレージ・ヒッター(高打率)であり、
長打力も破壊的、おまけに足も速い。
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二人は、共にアグレッシブである事は間違いないのだが
メイズの方がより動物的、野性的だった。
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ユニフォームの上のボタンを外すメイズのトレードマーク、
日本では長嶋さんが好んで取り入れていたと思う。
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いずれにせよトリプルスリーの二人、
投手としてこれほど嫌なバッターはない。

ランナーが居なくたって一発が有る、
ランナーが居ればもっと怖い、
ランナーにだすと次の塁を狙われる。

投手、相手チームの天敵とは彼等のことだ。
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ところが、二人のトリプル・スリー・プレーヤーには
決定的な違いがある。






それが守備力である。

残念なるかな、張本選手には
守備力と言う大きなハンデキャップがあった。

その最も大きな理由が
彼が幼い頃受けた事故で
右手の小指と薬指が癒着してしまったことだ。

これによって、元来右利きだった張本さんは
打つだけではなく投げる方も左利きに代わらざるを得なかった。

一方、ウィリー・メイズ選手には
「ザ・キャッチ」に代表される強肩、好守がある。
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1954年のワールドシリーズは
メイズを擁するジャイアンツ(当時、ニューヨーク)と
ピッツバーグ・パイレーツの間で行われた。
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第1戦、場所はジャイアンツの本拠地、ポロ・グラウンド、
名前の通りポロを行うために造られたグラウンドで
両翼は300フィートを切る狭さの一方、
センター後方のフェンスは485フィートの深さにある。
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試合は2-2のタイのまま8回裏、
パイレーツは無死1、2塁のチャンス、
ここで打者の当たりはセンター、メイズの後方を襲った。

これは、試合を決める当たりだ!

パイレーツファンは思わず身を乗り出し
ジャイアンツファンは目を覆った。

このとき、メイズは一直線に打球を追っていった。
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目の前にフェンスが迫っても彼のスピードは落ちず
むこう向きのままボールをグラブに納め
態勢を反転させ内野に矢の様な返球を返した。
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結果としてランナーは1,2塁に釘付け、
パイレーツは絶好のチャンスを逃し
試合は延長に入りジャイアンツがサヨナラで勝利した。

余勢をかったジャイアンツは
4連勝でパイレーツを下し
ワールド・チャンピオンの座に着いた。

もしも、あの当たりが抜けていれば
シリーズの形勢は全く違ったものになっただろう。

この時のメイズのプレーが
「ザ・キャッチ」の名前を生み
伝説のファインプレーとして今に伝えられている。
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メイズはサンフランシスコ・ジャイアンツの中心選手として
1960年に来日した。

後楽園で行われた対全日本チームと一戦、
私は従弟と共に1塁側ベンチ裏から観戦していた。

179センチ、アメリカ人としては目立たぬ体型ながら
ウィリー・メイズは威風堂々、辺りを睥睨していた。

この試合は全日本のサヨナラ勝ち、
しかも最後の一打はメイズ選手の後方を抜けていった。

「ザ・キャッチ」の再現はならなかったが、
メジャー・リーグ最高の三拍子揃った選手、
ウィリー・メイズの一挙一頭足を満喫できたのは幸いだった。
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by shige_keura | 2012-03-05 09:21 | スポーツ | Comments(2)
Commented by enzou at 2012-03-05 17:14 x
おひさしぶりです。
1960年の後楽園 全日本戦、日本の3塁手はやはり長嶋ですか?
藤村ふみお選手が出ていた対メジャー戦はもっと前ですか?
Commented by shige_keura at 2012-03-05 22:52
enzoさん、コメント有難うございました。
不思議なことに、この試合、メイズ以外殆ど記憶が無いのです。メイズ以外で覚えているのは、
1.S・ジャイアンツのライトを守っていた選手(名前が分からな   い)の3塁への返球がもの凄かったこと。
2.代打で出てきた晩年の与那嶺選手がレフト前に見事な流し打ちを
  したこと。
あとは、大リーガーが本気出していないな、と感じたことぐらいです。3塁は長嶋や中西だったら覚えていそうなものだけど???
全日本のサヨナラ勝ちの割には盛り上がりの乏しいゲームでしたね。
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