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明治の男と梅の香り
2月27日、午後3時過ぎ、
雲間から時折太陽は顔を出すものの
北風は容赦なく身を突き刺す。

先週は春の気配を感じたのも束の間
今年の冬将軍は誠に手強い。

「梅一輪一輪ほどの暖かさ」 

今年は何時になればこの句を実感できるのか?

ところで、これは誰の作だっただろうか?

芭蕉ではないぞ、さりとて蕪村でもないし・・・

(結局、服部嵐雪と分かったのは帰宅後だった。
 老人の記憶力は曖昧このうえもない)

そんな事を考えながら歩を進めるうちに
目黒区青葉台に差し掛かったとき、
何やら春の香りが漂ってきた。

これは梅の香りに違いない!

一体どこから???
考える暇も有らばこそ、
道の右手に満開の白梅が目に入ってきた。
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「菅刈公園」入り口の左手、
5,6本の梅の木が今や満開の見ごろを迎えている。
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自然は素晴らしい!

こんなに厳しい気候にもかかわらず
咲くべき時期にはちゃんと花を咲かせてくれる。

花の下のたつと、
春の香りが満開!!
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この公園、江戸時代はもともと豊後の国
竹田城主、中川氏のお屋敷があった所だ。

明治時代に入り、西郷隆盛の実弟、
従道(じゅうどう)が兄の再起を願い購入した。
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従道は隆盛の15歳年下、
9歳の時に両親を亡くして以来、
隆盛を親の様に慕っていた。
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兄が不幸にして、西南戦争で他界後、
従道自身の別邸として使用した。
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従道は兄に似て、なかなかの人物、
海軍大将を経験した後、
総理の座も手が届く距離に居たが
兄の事を慮って、固辞したと言う。

彼は、又、おかしな経歴を持っている。

それは、当時、外人のみ楽しんでいた西洋式競馬にあって
日本人として最初の馬主となったことだ。

更に、1875年には愛馬”ミカン”を駆って
日本人として初めて勝利したジョッキーでもある。

愛馬の名前が”ミカン”、
如何にも日本的で微笑ましい。
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従道が住んでいた、
当時としては洒落た洋館(仏人、デスカス設計)は
今は犬山市の明治村に移築されている。
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洋館の隣には書院造の屋敷があったのだが
残念ながら戦災で焼失した。
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この邸宅が物語るように
西郷従道は”和魂洋才”の心を持った
生粋の明治の男だったのだろう。
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「梅の香や 明治は遠くなりにけり」
お粗末さまでした。
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by shige_keura | 2012-02-29 15:59 | | Comments(0)
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