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古都、春爛漫  -新たな発見-
旅の楽しみのひとつが
新たな発見であることは間違いない。
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その意味で言えば、
全国最古のエレベータが稼働している
東華菜館に出会ったこと自体が驚くべき発見なのだが、
この場所で昼食を食べた事によって
次々と新たな事実が明らかになった。
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このレストラン、エレベータばかりか
建物自体が古めかしく非常にユニークなスタイルだ。
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バロック調?、アールデコ風??、
その手の込んだ装飾には驚かされた。
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もともと、この建物は1926年、
西洋料理店(「矢尾政」)としてアメリカ人建築家
ウイリアム・メレル・ヴォ-リズの手により作られた。
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それが1945年、東華菜館となるのだが、
設計者、ヴォ―リズとは如何なる人間なのか?
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彼は1880年生まれのアメリカ人、
1905年、滋賀県立商業高校の
英語教師として来日した。

その後、1964年にこの世を去るまで
彼は日本で生活していくのだが
その間の足跡を辿ると驚くべきことばかりである。








ヴォ-リズは教師として教鞭を執る一方、
YMCA活動を通じプロテスタントの伝道に努力した。

又、音楽的才能も豊かで
讃美歌の作詞作曲も手がけ
ハモンドオルガンを日本に紹介した。
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1918年、滋賀の近江に結核療養所、
「近江療養院」(現・ヴォ-リズ記念病院)を設立した。

1919年、子爵令嬢、一柳満喜子と結婚、
式は自らが設計した明治学院のチャペルで行われた。
               (明治学院大学礼拝堂、1916年)
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1941年、世界に戦乱の足音が近づくころ
ヴォ-リズは日本に帰化し、
一柳米来留(めれる)と名乗った。

”めれる”とは彼のミドル・ネーム、
その字が示すように
”米国より来て留まる”の意味である。

日本敗戦直後、ヴォ-リズは
マッカーサーと近衛文麿との仲介工作に尽力し
「天皇を守ったアメリカ人」と呼ばれたほどの活躍をした。

彼の才能が如何なく発揮されたのが設計分野で
活動拠点は主に滋賀県を中心とした関西圏で
今に残る多くの建築物を設計した。
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               (神戸ゴルフ倶楽部、クラブハウス、1932年)
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教会関係、学校関係ほか
日本で最も古いゴルフ場、
神戸ゴルフ倶楽部のクラブハウス、
大丸心斎橋店、東京神田の山の上ホテル等々
日本建築史に名高い建造物が並ぶ。
               (日本基督教団京都御幸町教会、1913年)
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               (大丸、心斎橋店、1922年)
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ヴォリーズの係った建造物は
1,500とも2,000とも言われている。
               (東京、山の上ホテル、1936年)
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さて、主人公のヴォーリス、
彼の手掛けた”あるもの”は
我々誰しもが一度はお世話になったものなのだ。

それは何か??

答えは明日のブログにて!!
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by shige_keura | 2012-04-30 20:28 | | Comments(0)
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