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アメリカ・アメリカ!! (毛虫が好きなフラミンゴ)
6月10日から22日にかけて
アメリカのラスベガス、ロサンジェルスを旅した。
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ズラリと並んだスロットマシーンが
到着客をお迎えする空港は
世界広しといえどもラスベガスだけではないだろうか。
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ラスベガスが位置するネバダ州は
面積の多くを砂漠が占めており
アメリカの核実験もこの地で行われてきた。
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何故、このような不毛の地に
ネオン輝く不夜城、大歓楽街が出来たのだろうか?
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1935年、アメリカ西海岸の大水源、
フーバーダムが完成した。

ラスベガスはダム工事の労働者供給源であったにせよ
当時の人口は1万人に満たなかった。

以降、90年足らずの間に
町の人口は300万人を超えるまで発展した。

砂漠の真ん中の寒村、
ラスベガスが生まれ変わった背景に
ひとりのマフィア・ギャングが登場する。
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その男の名前はベンジャミン・シーゲル、
人呼んでバグジー(Bugsy)、
「虫けら」の渾名の通り、蛇蝎のごとく嫌われた男だった。






1937年、バグジーはニューヨークから
縄張りを広げる為にロサンジェルスにやってきた。

当時のロサンジェルスは
ギャングたちにとって
非公認カジノで甘い汁を吸う悪の温床の町だった。

1944年、ガールフレンドである女優のヴァージニア・ヒルと
ラスベガスを通りかかったバグジーは
ここにカジノを備えたホテル建設を思い立った。

彼はそのホテルを「フラミンゴ」と名付けた。

何故なら、ヴァージニアはすらりとした脚の持ち主
バグジーからフラミンゴと呼ばれていたからだ。
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完成したフラミンゴ・ホテルは
客室数僅か15の小さな規模だった。

               (1950年代半ばのラスベガス)
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それが、今では3,500以上の客室を持ち
未だにラスベガスの象徴として君臨している。
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さて、フラミンゴを作ったカップルの行く末は??

バグジーは、ほどなくして組の抗争に巻き込まれ
1947年、ロサンジェルス、ビバリーヒルズの自宅で
8発の銃弾を撃ち込まれて死んでしまう。

僅か、41年の生涯だった。

一方、一時は妻としてバグジーと暮らしたヴァージニアは
オーストリアのザルツブルグで神経衰弱がもとで
睡眠薬の服毒自殺でこの世を去ってしまった。

血で血を洗うマフィアの手によって作られたラスベガス、
今でも怖い怖い裏の顔を持っているに違いない。
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しかしながら、通常、ストリップと呼ばれる大通りは
大人も子供も楽しめる愉快な町の表通りとして
世界各国からの多くの観光客で賑わっている。
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by shige_keura | 2012-06-25 10:13 | | Comments(0)
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