Top
割り切れぬ想い、再び!
全国高校野球の代表を争う
地区予選も大詰めに入ってきた。

7月24日、激戦区、四国高知県予選決勝戦、
明徳義塾が延長12回2対1で高知にサヨナラ勝ち!!

甲子園出場オメデトウ!、と言いたいところだが・・・・・・

この試合で明徳は相手の4番に対し敬遠作戦を取った。

具体的には、高知の4番、法兼(のりかね)選手に対し
2敬遠、4打席連続を含め5個の四球を与えた。

勝負したのは1回限り、
法兼選手はレフトフライに終わった。

サヨナラ勝ちの瞬間、
明徳の監督はベンチの中央で
躍りあがって万歳を繰り返したと言う。

監督の名前は、馬淵史郎、
あの男、まだ監督をやっているのか!!





思い起こせば20年前、1992年、夏の甲子園大会、
明徳は相手、星陵の主砲、松井選手を徹底的に敬遠した。
c0135543_2235364.jpg

5打席連続敬遠、スタンドはざわつき
試合後も作戦の是非を巡って議論が高潮した。
c0135543_22364030.jpg

立派だったのは松井選手、
感情をあらわにすることなく、
その都度、静かにバットを置き、1塁に向かった。
c0135543_22361088.jpg

そして、今年、同じ監督が
同じ作戦を用いて甲子園出場を決めた。

考えようによっては、
馬淵監督はよほど腹の据わった男なのだろう。

彼が明徳の監督に就任したのが1990年、
34歳の時の事だった。

つまり、松井選手5打席連続敬遠は
馬淵監督36歳の時のことだった。

その後、2002年全国制覇するも
2005年、部員の不祥事発覚で監督辞任。

しかしながら、1年間の謹慎処分が解けた2006年、
再び、明徳義塾の監督に返り咲いた。

彼の甲子園での通算勝利は歴代第4位、
智弁和歌山、高嶋、帝京、前田、
横浜、渡辺に次ぐものである。

馬淵監督は成績的には名将と言う事なのだろうが
私にはとてもとても受け入れることが出来ぬ男である。

明徳義塾には申し訳ないが
彼が監督で居る限り、言い過ぎかもしれぬが
例え甲子園に出ても1回戦で負けることを願う。

20年前の星陵対明徳、
試合後の新聞コメントには
「抜け目のない明徳義ゆく」の次に、こう書いてある。

「大事なものを忘れた明徳義塾」

残念ながら、同校は再びかけがえないものを失ってしまった。
[PR]
by shige_keura | 2012-07-26 08:30 | スポーツ | Comments(0)
<< 「山中日記2012」 山椒(さ... ”立ち合い”とは >>



2007年9月末にこちらに引っ越してきました。
→過去のブログを見る


ホームページ 



LINK 

カテゴリ
全体



スポーツ
その他
LINK
トリップアドバイザーにお勧めブログとして認定されました。金沢 ホテル
旅行口コミ情報
最新のコメント
↑恥ずかしいからそういう..
by Hiraoka at 17:45
試合はブチ切れるし、判定..
by shige_keura at 09:36
コメント有難うございまし..
by shige_keura at 18:00
全話をチェックした訳では..
by 通りすがり at 16:23
思い出しました!!! ..
by aosta at 13:46
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
more...
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

LINK FREE

このブログの写真・テキストの無断使用はお断りします。

(c) 2007 shige_keura. All rights reserved.