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巨星去りゆく日
12月4日、そろそろ就寝の時間、
「そうそう、明日は5日、国立劇場だ。
 吉右衛門かー、セリフちゃんと覚えたかな?」

7時間後、明けて5日朝、
飛び込んできた大悲報、
中村勘三郎死去、享年57歳、余りにも早い別れだ。

父でもあり先代の人生は79年、
せめてあと20年、いや15年、
最低でも、あと10年、我々を魅了してほしかった。

私は歌舞伎には精通しているわけではなく
勘三郎さんの舞台も2,3回しか見ていない。

しかし、彼が登場しただけで、
舞台がパーっと明るく華やかになる。

この点では先輩同輩諸氏が寄ってたかっても
勘三郎さんには敵わない。

光り輝く際立つオ―ラ、
親しみを感ずる人懐こい笑顔、
洒脱な生粋の江戸ことば、
彼の周りには自然と人々が
吸い寄せられていったことが容易に想像できる。

まさに歌舞伎界を背負って立つ傑物だったに違いない。






歌舞伎座をはじめとする舞台は
東京、京都に留まらず、
四国の金毘羅歌舞伎に、松本公演。

渋谷のコクーン歌舞伎に浅草平成中村座、
はては芝居小屋ごと日本を飛び出しニューヨークへ。

伝統の良さに新しい歌舞伎を追求した情熱、
旺盛なる好奇心は歌舞伎の世界から飛び出していく。

テレビドラマの主役に紅白歌合戦の司会者、
対談番組にバラエティ。

フジテレビ、トンネルズのバラエティ、
「喰わず嫌い王」にゲスト出演のとき、
その喋りの間とテンポの絶妙なこと!

 「へー、橋之助がこれに出てたの!
  そーー、負けたんだ、そうだろな、あいつのことだから、
  私ゃ、そうはいきませんよ、へッへーー、
  しかし、敵が何が嫌いか皆目見当つかねーや・・・
  弱っちまったな、こりゃー」

中村勘三郎が出れば面白い!
黙っていても人が集まる。

公演切符はあっという間に完売、
切望に応えて追加公演。

テレビならば、勘三郎に任せば視聴率は取れる。

40代後半からの勘三郎さんは
一体いつ寝るのだろうと傍から見ても
一抹の不安を感じないわけではなかった。

頼まれれば嫌とは言えぬサービス精神、
八面六臂で世界を飛び回った勘三郎、
おまけに酒大好き、誘われれば断らない。

早すぎた死、惜しまれる死であるが
57年間でこなした実績は常人の何倍にものぼるだろう。

5日、国立劇場から帰りの車内、
家内はこうつぶやいた。

「吉右衛門の一條大蔵郷、悪くないけれど、
 勘三郎ならば絶対、もっと上手く出来たわよね」
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これを聞いて驚いた。

何故なら、私自身も舞台の中で同じことを思っていたからだ。

腑抜け間抜けの大阿呆を演じながらも
源氏の再興を心ひそかに願う一條大蔵卿、
これは当代・中村勘三郎けだし当たり役の筈だ。

更に驚いたのは帰宅後のことである。

中村勘三郎さんが勘九郎から勘三郎への
襲名公演を行ったのが2005年なのだが、
そのときの演目が、今日と同じ「鬼一法眼三略巻」、
演じたのが一條大蔵郷だったのだ。

稀有の天才でありながら惜しまぬ努力家の勘三郎さん、
彼の死の日に彼の記念すべき演目を見ていた。

何やら不思議な因縁、
歌舞伎素人の私ではあるが
明日のブログでも勘三郎さんについて書いてみたくなった。
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by shige_keura | 2012-12-06 13:33 | | Comments(0)
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