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究極のダブルプレー
野球ファンの御同輩ならば、
以下のダブルプレーの記号の意味はお分かりいただけるだろう。

1-6-3と書いてあれば投手から遊撃手経由1塁手に転送、
5-4-3とあれば3塁手から2塁手経由1塁に、
頻繁に起こるダブルプレーの構図である。

では、こういうダブルプレーが起こったことを信じられるだろうか?

記号で書けば、7-2-3、
7(左翼手)から2(捕手)にボールが渡り
更に3(1塁)に転送されてダブルプレーが完成。

こんなダブルプレーは起こるわけがない、普通は。

この話に入る前に、5月15日の東京ドームを見てみよう。

セパ交流戦、巨人対ロッテの試合、
2回ロッテの攻撃、2死満塁で打者はグライシンガー、
打球は鋭くライト前に飛んだ。

ロッテは先制点、ベンチは沸いたに違いない。
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ところが、ライト・長野は捕球後、
強肩を生かし打者をアウトにした。
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打者が打ってから1塁までにかかる時間は平均で4.20秒、
このとき、グライシンガ-の所要時間は4.48秒、
0.28秒のもたつきがロッテの先制点をフイにした。

巨人としては、ライトゴロで打者を仕留めたのは
1988年、ライト・呂選手以来25年ぶりであるが
ライトは1塁に至近距離なのであり得ぬことではない。

しかし長い長い野球の歴史を紐解くと
とてつもない記録がるあることに今さらながら驚く。

1956年、東京六大学野球、立教対東大戦、
主役は親分こと故・大沢啓二さん。

予め、打球が三週間に来ると読んだ大沢さん、
極端な前進守備を取った前に打球が来た。

捕球するや否や、1塁に送球、
先ずは起こり得ないレフトゴロは
親分の類稀なる勘から生まれた。






1980年代、阪神に攻守・強肩・俊足で売った北村選手が居た。

その華麗な守備ぶりは記者から「鳥人」の名前がついたほどだった。

北村さんが主役となったのは1987年6月16日
相手の中日・鈴木孝政選手のセンター前の当たり、
前進してゴロを取った北村さんは1塁に送球し打者を刺した。

まさか、送球してこないと思った打者の油断もあるが
瞬時に状況判断し行動に移した北村選手は凄い。

ここで、冒頭の何かの間違いの様な
7-2-3のダブルプレー完成に入ろう。

これは、通常では起こり得ないプレー、
その裏にはこういう事情が隠されていた。

2009年6月14日、交流戦・西武対広島戦が事件現場だ。

ホームチーム西武は12回裏無死満塁
サヨナラの絶好のチャンスを迎えた。

絶体絶命の広島、ブラウン監督が取った作戦は
レフトを内野手に代えて2塁ベース付近に守らせたのだ。
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乾坤一擲、のるかそるかの大ばくち、
内野は一人増えたものの広い外野の守りはたったの二人だ。

ところが、西武の打者の当たりは
ニ遊間を守っていた5人目の野手の正面、
すかさずボールは捕手から1塁へ転送、
究極の7-2-3のダブルプレーは完成した。

広島はしてやったりと小躍りすれば
西武はがっくりと肩を落とす、
これほど明暗が分かれることもないだろう。

勝負はゲタを履くまで何が起こるか分からない。
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by shige_keura | 2013-05-21 08:54 | スポーツ | Comments(0)
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