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晩秋の向島 -話芸の鑑は右翼の総帥ー
今では伝説的とも言える、長寿ラジオ番組、
「小沢昭一の小沢昭一的こころ」がスタートしたのは1973年。
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以来、約40年に渡って小沢話芸は
電波を通じファンを魅了した。

この番組はトヨタの冠スポンサー、
ラジオとしては珍しい同一全国ネット、
この番組の人気の高さが窺える。
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当時の落語協会会長、柳家小さんはこう語っている。

「いやー、驚いたね-!
 こりゃ本当の現代の落語だぜ」

落語名人も唸らせた小沢さんの話芸、
この源流を辿ると一人の右翼政治家がが現れる。

その人の名前は赤尾敏、大日本愛国党総裁、
若い頃は社会主義者だったそうだが
吾々の知る頃の彼はバリバリの右翼の総帥だった。

だからと言って、これが小沢さんの政治思想を示すものではない。






小沢さん曰く、
「赤尾さんの演説は聴衆の心を揺さぶるものだった」

こうして、小沢さんは赤尾氏の街頭演説に足を運び
自分なりに話芸のツボを会得していった。
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御同輩の諸氏ならば、誰もが赤尾敏の街頭演説は知っておられるだろう。

真黒に日焼けした顔のギョロギョロの目玉、
喉の奥から振り絞るような彼の演説は
小沢さんならずとも、足を止めて聞きたくなる魅力を秘めていた。

更には、赤尾さんの言っている事は
今になって振り返ると正鵠を得ていたように思える。

例えば、参議院不要論を強く訴えていたのも一例だ。

自らも参議院に立候補したときは
民衆に選挙を棄権するように強く訴えたのだから
何だかよく分からない気もするが
参議院不要論そのものは現在の国会を見れば一目瞭然だ。

話が横道にそれてしまったが
こうして小沢さんは自分の話芸を確立し
40年近くに渡りラジオを通じ小沢ファンを喜ばせていった。

では、次のブログでは
先輩との出会いについて紹介したいと思う。

画像提供:坂本 正勝氏
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by shige_keura | 2013-11-03 22:00 | | Comments(0)
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