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上越紀行 -街道今昔-
8日、日曜日の天気は下り坂
苗場スキー場も霧の中にかすんでいる。
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これは長居は無用、渋滞を避けて
昼過ぎには東京に戻ろう、
スキーは十分に堪能したのだから。

帰りのルートは三国街道、
峠を越えて月夜野インターに向かう。

池波正太郎師の名著、「食卓の情景」の一節、
「ランプの宿」に引用されている
田中冬ニ氏の「法師温泉」と題する一篇である。
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隣といっても一里、夜はランプの明かりだけが頼りだ
うす暗いがそれは人情のようになつかしい
軒端(のきば)にせまる山の上は星がいっぱいだ
氷水屋の硝子玉の簾のようだ
三国街道は其処を通っている
何となくそこまで行ったら夜でもうす明るいように思われる
白い桔梗の花がつめたく咲いているだろう
夜霧が雨のようだろう
とおく越後の方の村に祭りがあって
その囃子の笛や太鼓でも聞こえやしないか

ランプの芯をほそくする
誰かが出ていったようだ
見なれぬ客人
渓川の水の精である
私は夜冷えを感じて障子をたてる






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三国街道、その昔は越後と上毛地方を結ぶ唯一の幹線、
山越えの峻嶮なルートを人々は馬や牛と共に越えて行った。
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越後の塩、海産物は海のない上毛の人たちにとってはかけがえのない恵み、
遠く、新潟付近、妙高高原辺りの「塩の道」を運ばれた宝は
三国峠で最後の難所を迎える。
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その後、三国峠は道路の幅員は広がり、車バスが行き交い、
盆暮れ、春秋の観光、冬のスキー、
1年を通じて渋滞は絶えず、
昔の面影は歴史の彼方に消えて行った。

それが、新幹線、関越道の開通で
三国街道は昔の情緒を若干ではあるが取り戻したように思う。

それは6,7年前の夏休み、
ここ三国街道を僅か数時間ではあるが歩いた事があった。

鬱蒼とした木立に囲まれ昼なお暗い街道筋
切り立つ断崖の遥か下に谷川が流れている。

酷暑の夏、凍てついた冬、
旅人はどんな想いでこの街道を歩いていたのだろうか。
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「もうすぐランプの宿の温もりが待っている」
そんな情緒を感じさせてくれた三国街道だった。
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そろそろ月夜野インターに入るころ、
車の流れは順調、これならば渋滞に遭うことはないだろう。

幸いにして筋肉痛も感じない。
孫と共に過ごしたスキ-、素晴らしい時間だった。
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by shige_keura | 2015-02-12 14:29 | | Comments(0)
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