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師走の金沢 -昆布の旅―
12月の金沢旅行、目的は食べることと
特産品の買い出しにあるのだが、
必ず立ち寄るお店が昆布・海産物處「しら井」である。
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その名の通り昆布、海苔は勿論、
間近に迫っている正月用食材、
昆布巻、田作り、海老等々を入手できるので大変重宝している。
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「しら井」本店は能登半島の七尾に
昭和7年から店を構えた。
               (「しら井」七尾市本店)
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開業の大きな理由は江戸時代に
北前船で賑わった当時の町屋を再興する為であり、
その後、金沢にも支店を開業し現在に至っている。

この店に入ったら買い物に精を出すだけでなく
昆布にまつわる興味深い展示も是非見ていただきたい。
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展示コーナーの目玉のひとつが「昆布ロード」の紹介である。
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一般的に世に有名なのは「シルク・ロード」、いわゆる“絹の道”だ。

これは、近代以前のユーラシアの全域で行われた
国際交易に使われた物流ルートであり、
一方の基点、中国から運ばれる主産品が絹であったことから
19世紀、ドイツの地理学者、リヒトホーフェンが「シルク・ロード」と名付けた。

さて、主役の昆布の話に入ろう。

昆布は非常に古くから人間の営みとかかわっているので
誕生についての確かな記録は残っていない。

日本には縄文の時代に中国から渡来したと伝えられている。

ただ、“コンブ”と言う名前はアイヌの人たちが付けた呼称であり、
それが中国に入って再び外来語として
本州に伝わってきたというのが定説となっているようだ。

歴史が進み鎌倉時代に入ると
北海道の松前と本州の間を
昆布を積んだ船が盛んに行き来するようになっていった。
               (七尾の港に停泊する多くの北前船)
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江戸時代に入ると「北前船」の名前で知られる
海上輸送が物流を牽引し、
昆布が運搬品目の主役となっていった。

「北前船」とは当初は日本の台所であった
大阪と北海道を結ぶルートを行き来する船だった。

大阪から北海道に向かう、「下り船」の主要品目は
酒、飲食品、衣服用品、瀬戸内海の塩、砂糖、紙、米等々豊富な品ぞろえだった。

一方の上り船(北海道から大阪へ)の荷は
主に海産品、数の子、身欠きにしん、干鰯であり、
中でも最も重要とされていたのが昆布だった。

その後、海上路は日本海沿いの北ルートに加え
江戸を主要市場とした太平洋沿いの南ルートも
盛んに使われるようになっていった。

更に、西に目を向ければ九州から琉球(沖縄)
そして清(中国)にまでルートが拡張していった。

このように、昆布を主要商品として出来た海上ルートを
「昆布ルート」と言うわけである。
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「シルクロード」ほどのスケールはないとは言え、
北海道から九州、琉球(沖縄)を経て清(中国)まで、
「昆布ロード」は北前船に乗って
人間の食生活を大いに豊かにしたのである。

昆布は日常生活には勿論のこと、
特にお正月には欠かせない食材である。
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我々は至極便利になった北陸新幹線ロードを利用して
昆布を自宅に持ち帰ろう。
by shige_keura | 2015-12-25 10:44 |
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