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房総は春近し -風情ある町並み-
1月31日、快晴の日曜日、
家族郎党、総勢10名で早春の房総を旅した。
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夏ミカンの黄色と葉の緑が青空に映え、
蝋梅のほのかな香りが風に乗って運ばれ、
房総の春はすぐそこまで来ている。
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最初の目的地は佐原・香取の水郷地帯、
そこに昔の面影を今に留める町並みがある。
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尚、水郷とは明治から昭和初期にかけては
「すいきょう」と呼ばれ水のほとりの村を意味していた。

やがて昭和中期に入ると、
その中でも利根川下流から霞ヶ浦にかけての地域を
「すいごう」と呼ばれるようになった。

茨城県の「潮来」と千葉県の「香取」が水郷を代表する地点である。






町を流れる小野川、次女家族4名が乗り組んだ小舟が、
船頭さんに操られ利根川を目指し下って行った。
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両側の柳が芽吹いたころの景色は想像するだに素晴らしい。
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突如、橋の下部から大量の水が
小野川に「ジャージャー」と降り注ぎ、
何が起こったのかと一行を驚かせた。
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もともと、この橋は「樋橋」(とよはし)と名付けられたもので
江戸時代の初期に灌漑用水を佐原村の東岸から西岸に送るために
木製の「樋」を小野川に架けたもので人間が渡る橋ではなかった。

木製の為、年月の経過とともに水が漏れ川に流れおち、
その水音から「ジャージャー橋」と住民に呼ばれるようになっていった。

昭和に入り橋は人も通れるようになり
材質も一時コンクリートに変わったが
20年前に趣を取り戻そうと再び木製になった。

ただ、水漏れはなくなった為、
市は昔の名残を今に残そうと観光用に
30分ごとに放水しているというわけだ。

船着き場の脇にあるのが佐原市を支えた
大人物・伊能忠敬の旧宅。
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彼は日本の測量の父として
知らぬ人はないほどの存在だが、
彼の業績は別途詳しく紹介したい。

明治34年(1901)創業の「木下旅館」、
一見するとまさに「ぼろ宿」ではあるが、
見れば見るほど味わいがあり懐かしさがこみあげてくる。
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聞けばこの旅館は映画、テレビドラマに何回となく使われたという。

「まぎのや菓子店」、売りは爺の大好物、」煎餅!
丁度店を開けた絶妙のタイミングで店に飛び込んだ。
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しかし、焼き上がっているのは店員の朝食用のパン??
今まさにかきもちが網の上に並べられているときだった。
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横で立っていた親父がにやっと笑っていった。
「炭火で焼いたパンが旨いんだよね」。
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香ばしい揚げ餅をポリポリと齧りながら
その昔にタイムスリップしたかのような街道を歩く。

否が応にでも目立つのが「佐原三菱館」。
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三菱十八番の「煉瓦造り」として登場したのが大正3年(1914)、
ドームを戴き、ルネッサンス様式の建物は
和風建造物が並ぶ街並みの中でひと際異彩を放っている。
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「流石天下の三菱様や、”びっくりポン”ですなー、
 次は何処行きまひょか??」
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by shige_keura | 2016-02-08 21:44 | | Comments(0)
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