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九州6泊7日 -異国情緒-
長崎で異国情緒を味わう場所のひとつとして
名前が挙がるのが「唐人屋敷」である。

「唐人屋敷」とは江戸時代の鎖国政策で
長崎に作られた中国人の居住区のことを言う。

1635年、江戸幕府は中国商船の入港を長崎だけに限定するが
キリスト教徒ではない中国人は長崎のどこでも住むことを許された。

しかしながらその後、1680年代に入り
中国人の渡航が急増し密貿易も横行したこともあって
幕府は中国人の居住区を特定の場所に限定することとした。

こうして1689年、当時の幕府所有の薬園地にできたのが唐人屋敷である。

オランダ人が住む出島に比べると取り締まりは緩やかだったとはいえ
出入り口に番所が設けられ唐人の単独外出は許されなかった。

敷地内には数十棟の長屋が建ち並び
多い時には約2,000人の唐人が生活していたという。
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1859年、日本開国を機に唐人屋敷から多くの人々が離れ
敷地は荒れ果て1868年に解体、179年の歴史の幕を閉じた。
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現在は当時の面影を残す4つの建物が残っている。
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土神堂
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1691年唐人屋敷内に滞在していた船主たちの願いで
この敷地内に最初に作られたお堂。
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天后堂
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海の守り神、女神「媽祖様」を祀るために
1736年南京地方の唐船主たちによって建立されたお堂。
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観音堂
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1737年に福建出身の唐船主によって建立されたと伝えられている。
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福建会館天后堂
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唐人屋敷が解体されたのちに、1868年、
福建省出身の貿易商たちの会合の場として設けられた。
ここにも「媽祖様」が祀られており、
ランタンフェスティバルの時には、
ここから興福寺に運ばれていく。
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緩やかな坂に今でも残る異国情緒たっぷりの
唐人屋敷散策も、また楽しからずや。
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by shige_keura | 2016-04-04 12:53 | | Comments(0)
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