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「春の小川」逝く
黒柳徹子さんに「春の小川」と評されていたアナウンサー、
司会者の小川宏さんが11月29日亡くなられた。

享年90歳、慎んでお悔やみ申し上げます。

「春の小川」とは言いえて妙、
小川さんの穏やかな雰囲気、
優しい笑顔で親しみ深く語りかける話術は
春の陽を受けて静かに流れる小川そのものだった。

          (「ジェスシャー」のレギュラー、
           小川さんを挟んで柳屋金梧楼さんと水の江滝子さん)
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小川さんは民放の朝のワイドショーの顔として長らく務めておられたが
私にとっての彼はNHK人気番組「ジェスチャー」の名司会者である。







1950年代から60年代、世がテレビ時代で盛り上がり始めたころ、
名司会者が冴えわたった公開人気番組が三つあった。

放映の古い順に挙げると「NHKのど自慢」、
「ジェスチャー」、「私の秘密」である。

この番組が人気を得た要素となった司会者たち、
彼らは高橋圭三、宮田輝そして小川宏となる。

私が感じた三人のキャラクターを紹介しよう。

司会者としての卓越した能力を誰もが認め、
自分もそれを自覚していたのが高橋圭三。
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彼の「私の秘密」の冒頭のセリフが、
「事実は小説より奇なりと申しまして・・・・・」。

流れるような名調子は視聴者を番組に釘付けにした。

高橋さんは「NHKのど自慢」が最初にラジオで始まった時に
宮田輝さん等と初代司会者を務め、
「ジェスチャー」も小川宏さんより前の2代目司会者を務めている。

このことからも高橋さんはNHKの
エース中のエースだったに違いないことが分かる。

自分は天下の名司会者と信じ込んでいるのが宮田輝。

たしかに彼の司会は悪くない。悪くはないが、
彼の持つ強い自信が時として厭味に出るので鼻につくことがあった。

二人の差が歴然と出たのが紅白歌合戦。

紅白、それぞれのキャプテンで出演した時の事、
出演者たちとのやり取り、間の取り方を含めた話術、
観客を引き込むオーラは断然高橋さんが優っていた。
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思えば、宮田さんの司会は「のどじまん」のほか
「ふるさとの歌まつり」等、素人相手の番組ばかりだった。

そこに、彼の限界のようなものがあったのではないだろうか。

先輩二人に比べると小川さんの司会は全く目立たない。

しかし、冒頭に述べた彼の優しさが番組全体を覆うので
観ている方の心地はすこぶる良い。

私はNHK公開番組としてではないが
交詢社のクリスマスパーティの目玉として
「ジェスチャー」を観たことがある。

紅組キャプテンは水の江滝子、白組は御存じ、柳屋金梧楼、
男性の回答者の一人が高橋圭三、
紅組には当時の人気ラジオ番組、
「ヤンボウ、ニンボウ、トンボウ」を演じた里見京子、
横山道代、そして黒柳徹子が居た。

               (「ヤンボウ、ニンボウ、トンボウ収録中、
                右から里見京子、黒柳徹子、横山道代)
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柔和な笑顔で司会を務める小川さん、
滑稽な仕草で満場を湧かせる金梧楼さん、
そして可愛さいっぱいの黒柳徹子さんが印象的だった。
               (NHKに出演していた頃の黒柳徹子さん)
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ジェスチャーに出てきた多彩な面々、
加藤大介、森繁久弥、有島一郎、三木のり平、
丹下キヨ子、宮城千賀子、清川虹子等々。

なかでも如何なく才能を発揮したフランキー堺の芸は驚きだった。
               (「ジェスシャー」で熱演のフランキー・堺さん)
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あの頃のテレビは本当に面白かったなあ。
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by shige_keura | 2016-12-09 09:22 | | Comments(0)
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