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出雲~松江~米子~広島~丸亀~高松 -4-
上質なること絹の如し

               (冬の色濃い中国山地を抜け広島に向かう)
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その時、彼は広島にただならぬ噴煙が上がるのを見た。
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その直後、黒い雨が彼の頭上に降り注いだと言う。
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1945年8月6日、広島に原爆が投下された時の事だ。
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彼とは後に六大学、プロ野球で活躍した広岡達郎さんのことだ。
当時13歳の広岡さんは歴史に残る暴挙の時、
呉の軍需工場で勤労奉仕活動をしていたのだった。

今回の旅は奇しくも若かりし頃、熱烈なファンとなった
三人のプロ野球人縁の地を巡る旅ともなった。

三人は共に巨人で活躍した藤田元司さん、水原茂さん、
そして広岡達郎さんである。







この三人にはそれぞれの個性の違いがあるが、
ともに強い信念というか、男気を持っていたことで共通している。

その男気がそれぞれの持ち場、
マウンド、守備位置、或いはコーチャーズ・ボックスでの立ち姿に現れていた。

それは三人の常にピンと張っていた背筋から感じられた。
そしてその立ち居振る舞いは優雅、エレガント、男の色気を漂わせていた。

広岡さんは六大学の早稲田で
1年からレギュラーとして活躍したのだが、
その姿をグラウンドで見ることは叶わなかった。
               (早稲田時代の広岡達郎)
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しかし、巨人入団以降、後楽園球場で
広岡さんの優雅な守備に驚嘆したことが幾たびあったことだろうか。
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投手が捕手のサインにうなずく前に、
ショートで守る広岡さんの腰は一段と低くなり、
いつでも球が飛んで来いといわんばかり。

常に刀を脇に置き、抜かりなく気配を探る
古武士の雰囲気を醸し出していた。
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隣の長島さんが膝に手を当てたまま、
なんとも隙だらけ、呑気な所作と対照をなしていた。

広岡さんの守備には無駄がなく滑らかそのもの、そして静か、
際立った能の名人の舞を見るかの如しだった。

これも三塁手長島さんの派手な動きとは一線を隔するものだった。

後年、野球界から身を引いた広岡さんの講演録を呼んで、
彼の守備の振る舞いを納得した。

広岡さんは次のように語っていた。

「守備で構えたときに臍のあたりに水を入れた皿を置いた感覚を持って、
 その水をこぼさぬように左右に動く足の運びを心掛けていた。
 バタバタとした動きはイレギュラーバウンドに対応できませんからね」。

広岡さんが活躍していた時、二人のライバルがいた。
               (吉田義男・阪神タイガース)
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阪神の牛若丸、捕球する前に投げるとまでと言われた吉田義男さん、
そして西鉄ライオンズの野武士、豊田泰光さん、
守備には粗があったが最強の二番打者として三原監督の信頼を得ていた人だ。
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時の名解説者、小西得郎さんは三遊撃手をこのように評した。

「なんと申しましょうか・・・・、繊維に例えれば、
 吉田は木綿、豊田は麻、そして広岡はさしずめ絹でしょう」。
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まさに言いえて妙、広岡さんの守備は極上の絹、
奥ゆかしき貴族の香りが立ち込めていた。
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by shige_keura | 2017-04-09 17:30 | | Comments(0)
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