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出雲~松江~米子~広島~丸亀~高松 -10-
 金毘羅様には椿のカフェ

金毘羅様の階段の数は約800、
嘘800ではない。

正確に言えば本殿までが785段、
その上の奥の院まで入れると1,368段にもなる。
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最初に100段ほどの上ったところに、
これ見よがしに、あと700段の案内板、
これを見たときは正直言ってガックリとした。

そうかといってお駕籠に乗るのでは男がすたる。

というよりも、駕籠に乗る気にはならない。

何故ならば駕籠を担ぐ人が
乗る人と同じかそれ以上のお年寄りが多いのだ。
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急な階段で担ぎ手がよろけて
駕籠ごと階段から落下していくのはたまらない。

齢を自覚してゆるりゆるり、
どうやら本殿にさほどバテルこともなく到着した。
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そのさき奥社は現在見学できないことを知り「しめしめ」と後戻り。
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急な階段と言うものは年寄りにとっては上りよりも下りが難儀、
暫く降りたところにあると聞いていたカフェで一休みする。
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この店の名前は「神椿」、
ツバキがトレードマークの資生堂が経営しているものだが、
立ち寄る理由は喉を潤すためだけではない。

この店の壁に描かれている田窪恭治さんの
椿の壁画を見たかったからである。

田窪さんと四国は切っても切れない関係にある。

彼は1949年愛媛県の今治で生まれ、
金毘羅宮奥の院の伊藤若冲の襖絵を見たことが
芸術家を志す決定的な出来事となった。
               (伊藤若冲の襖絵、奥ノ院)
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彼は40歳に近づこうと言うときにとんでもない行動に出る。

それは一家でフランスのノルマンディに移住したことだ。

その目的は当地にあるサン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂の修復だった。
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11年後に目出度く礼拝堂は修復し、
内部には田窪さんの描かれたリンゴの壁画が輝き、
以降、この礼拝堂は人呼んで「リンゴの教会」となった。
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田窪さんは日本に帰国後、
金毘羅宮の奥所の「椿書院」に椿の襖絵を描いた。
               (田窪さんの椿の襖絵)
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そして資生堂が「神椿」カフェの経営に乗り出した時に
壁に椿の絵をタイルで貼りあわせた。
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白地にブルーでさらりと描いた田窪さんの椿
はカフェを益々洒落た雰囲気に押し上げている。
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果物と餡がたっぷりと入ったパフェは濃厚、
心地よい時間を過ごしたあと
残りの下り階段に爺は挑んだのだった。
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by shige_keura | 2017-04-24 21:54 | | Comments(0)
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